映画を借りたのは、智の街から帰ってすぐのことだった。
涼くんの言葉の意味をやっと理解した。
奇跡の再会。
なるほど、この広い世界でそんな簡単に人と人は出会わないという涼くんの気持ちは分かる。
わかる、けど。
智はこれに賭けたのか。
俺に全てを任せたのか。
人生をかけて。
なら、俺は…それに応えたい。
会いに行きたい。
奇跡を信じたい。
だって、忘れられるわけがない。
出会ったことも無い、
2ヶ月、しかも半分程しか一緒に過ごしてない、
だけど心から愛する人を。
すぐにロケ地になった場所を調べた。
簡単に見つかるそこは、カフェのような佇まいの緑色の書店。
幸いまだ経営しているらしい。
ここの店で…あるいは近くで。
智は俺を待ってる。
そう、確信した。
二宮はいつの間にかダンサーとして働くこととなっていて。
俺が撮った智が入ってた時のダンスの動画を見せると、二宮は笑いながら、目尻に涙を滲ませた。
「はは…そっか、これを椿さんがたまたま見てて…。そっか…。まさか智に自分の過去を教えてもらうなんてね。」
無意識に過去の記憶に蓋をしていたのだろう。
純粋に音楽を楽しみ身体を素直に動かした智の行動は、意図せずとも二宮の潜在的な才能を開花させた。
結局、相葉くんの家に居場所を聞きに行くことはしなかった。
とりあえず待つわ、と、二宮は言った。
「あの人、頑固だから。火はおこせなかったけど、最後まで自分でやるって諦めないんだよね。馬鹿だから。」
よく分からないけど、相葉くんのことを話す二宮は、今までで一番幸せそうな笑顔だった。
二宮はすぐ、家を出て行った。
智との思い出に囲まれて、俺は独り広い部屋で過ごすこととなった。
最初の状態に戻っただけなのに、酷い喪失感だった。
智の過ごす年月より、ずっとずっと短いくせに…呼吸の仕方を忘れてしまったみたいに、辛くて苦しく、切なかった。
何はともあれ、智が生きていた。
それを知った時点で、俺には確認すべきことがあった。
親父だ。
「死んだ」と相葉くんや担当医が『言わされた』のであれば、親父以外居ない。
相葉くんは勿論居場所がわからないから、担当医に確認。
強く詰め寄り、何とか吐かせたそれは大方俺の予想通りだった。
そして酷く後悔した。
自分のせいで、智は……。
だけど、智は生きていて、俺を待っている。
落ち込んでいる暇はない。
俺にはやるべきことがある。
それは…
飛行機を克服することと、
教員免許を取ること。
すぐにでも親父に絶縁状を叩き付けに行きたかったけど、それは自分で生計を立てられる準備が整わないことには無理なことだったから。
飛行機に乗る練習をしがてら、必死で勉強した。
大学は卒業の年だったが、院に上がることで病院の経営に携わることを引き延ばし、更には見合いを断る口実も作れて。
時間も好きに使える状況を作ることが出来た。
夢だった教師になるための勉強は、寂しさを埋めるため集中したから捗って。
複数の科目の免許を取った。
そうすれば採用の幅も広がる。
それに、今後のことを考えて
日本語を教える教員免許と、フランス語の勉強も。
智がどちらで生活していきたいかわからないから。
日本で生きるのか、フランスで生きるのか…。
そもそも今国籍がどちらにあるかも分からない。
フランスは男同士結婚出来る国だ。
あっちに住むなら俺は合わせるまで。
他人から見れば、会ったこともない男なのにと笑われるだろう。
だけど俺には迷う余地すらなかった。
どこだっていい。
智と居れるなら。
智の居ない人生の方が、歩む価値がない。
何に惹かれたかなんて具体的には分からないけど、
智への想いは今後誰かに塗り替えられるものでは無いと確信していた。