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神様がもしいるとするなら
不公平で、無慈悲だ
そう思うのに
どうかこの瞬間が続いてくれ
せめて彼のこの幸せは潰さないでくれと
思わず神頼みをしてしまう俺は
かなりの不条理だと自分でも苦笑する
ふぅん。
ここが『いつものとこ』なわけね。
古びた商店を見て納得する。
コンビニを見ないと思ってたけど、まさか本当に無いとは。
全ての都道府県にあるはずなのに、田舎の村にはそんなもの関係ないらしい。
「今日は店前で買い食いしないのかい?」
「うん!今日はお泊まりパーリナイでハンバーグdayだから!」
簡潔すぎるとも余計すぎるとも言える説明で商店の爺さんに説明する相葉ちゃんに、爺さんは「そうかい、寂しいね」と笑う。
今ので通じるんだ…。
「あ!かーちゃんから電話だ、ちょと待ってて!」
「分かった。」
外はまだ暑い。
店内で涼ませてもらっていると、店主の爺さんが話しかけてくる。
「智、変わったね?」
ドキッとして振り返ると、爺さんはふぉっふぉっ、と独特な笑い方で長くて白い顎髭を触る。
「恋でもしたのかい?」
「………。」
中身が入れ替わっただけだと言ってやりたいのに、それが叶わず口篭る。
「ははは、結構なことだ。大事にするんだよ。それはお前の魂の片割れかもしれないから。」
「…片割れ?」
習ったばかりの、カタワレ時という言葉が頭に浮かぶ。
「そうだよ。元々ひとつだったみたいな、会ってしまえばどうしたって惹かれてしまう、今までどうやってその人なしで生きてたか分からなくなってしまうような相手のことだ。
今のお前の相手が片割れかは分からないけど、もしそうだとしたら失ったらとてもショックを受けることになる…。だから、大事にしなさい。」
優しく微笑む老人は見る限り80は過ぎているだろう。
この商店を1人で切り盛りしてるということは、きっと…
「…そっちは?」
「ん?」
「奥さん。魂の片割れ、だったの?」
爺さんは目尻に皺を寄せてふんわりと笑う。
「そうだね。…失ってから、やっと分かったよ。こんなにも大切で、大きな存在だったんだなぁって。自分が思うより愛してたし、愛されてたんだなぁってね。」
「…愛…とか言われても。俺まだ高校生よ?」
「ふぉっふぉっ、自分のことより相手のことを想う気持ちのことだよ。」
「…ふぅん…。」
正直、親に捨てられた俺には結婚なんてものに執着ない。
ましてやあんな仕事をしてる俺に恋だの愛だのなんて、そんなんあるわけねーじゃん。
そもそも、俺は知らないんだ。
愛ってのが、どんなもんか。
ばーちゃんに愛されてたとは思うけど。
俺の血筋なだけあって、そんな素直な性格じゃなかったし。
だけど、
「…大事にするよう、気をつけるよ。」
今、俺は智だ。
…そういや…
智には、好きな奴がいるんだろうか…。
「おーちゃんお待たせ!」
ガラスの引き戸を勢いよく開けるバカ。
「静かに開けろや!」
「くふふ、ごめんごめん。帰ろ!」
「…おう。」
相葉ちゃんが片手を出して、それに躊躇なく応える。
行為 中以外で手を繋ぐなんて、俺の生活の中ではなかったけど。
この体温にはもう、慣れてしまった。
まだ数回目だって言うのに、多少緊張はするけど、何故だかひどく安心する。
まるで前世でコイツと知り合いで、この手を知ってたかのような感覚で──。
この男があまりに人懐っこいからだろうか。
こいつは俺のこと自分の親友だと思ってるんだから、人懐っこいもクソもないんだけど。
「じゃーね、細井のじーちゃん!」
「ああ。…気をつけてなぁ。」
爺さんはしわくちゃの顔で微笑む。
まるで、
『大事にするよう、気をつけるよ。 』
と言った俺への激励のように聞こえて、
繋いだ手にドキッとした。
相葉ちゃん家はかなり豪華な木造平屋の一軒家だった。
初めて来るわけではないのだろうと思ってリアクションを少なめにしたけど、正直「お前は何者なんだよっ!!」と言ってやりたかった。
勉強していたら夕飯の時間になり、智のじーちゃんも丁度その時間に来て、皆で食べる。
相葉ちゃんちの母ちゃんは明るくて、賑やかで、短気で豪快。
父ちゃんは、なんつーか…癒し系で、優しくて、かなりバk…天然。
相葉ちゃんはまさに、二人の子ども、って感じ。
「ねーねー聞いて、今日ね、おーちゃんがさぁ…」
「雅紀っ、口から飛ばしてるわよ!ちょっとお父さんも!!もう、智くん達のいる前で恥ずかしいわね!」
「ひゃひゃひゃ!親父怒られてやんの~!」
「お前も怒られたろ!」
カチャカチャと食器が賑やかに音を奏でる。
話や笑い声が飛び交う。
ハンバーグ、めちゃくちゃ普通の味なのに……泣きそうになるくらい美味い。
たくさんの人で飯を食うことがまずなかった俺にとって、不思議で、あったかくて、どこかこそばゆいような感覚だった。
そりゃね。
こんなおおらかで明るいあったかい奴が育つよ、みたいな。
俺にとっちゃ家族なんてものは幻想で、希薄で、脆く儚いものだ。
でも、相葉ちゃん家は。
そうじゃないよ、そんなもんじゃないよ、って俺に訴えかけてくるような。
そんな、悲しくなる程理想的な、温もりのある家族だった。
そして、普段だったら妬むようなこの環境も、何故だか微笑ましくて、嬉しくて…
俺にとって、相葉ちゃんは心の拠り所なのかもしれない。
もしこんな環境で生きてこれたら、俺はこんな風にもなれたかもしれない、って
そんなわけないのに、そう思える、光。
「おーちゃん、美味しい?」
「…うん。すげぇ美味い。」
素直に頷くと、皆の目が半月になる。
「いつでもいらっしゃい。ね、大野さん?」
「すみません、ありがとうございます。」
じいちゃんがぺこりと頭を下げる。
ああ、この場には多分、溢れてる。
愛ってやつ。