【Side 櫻井】
『…もしもし…?』
携帯の向こうから聞こえる不審そうな大野さんの声に、思わず笑顔が漏れる。
「あの…俺、です。」
『えっ?!』
驚いた声が鼓膜に反響する。
『あれ、番号…何で?』
「……プライドかなぐり捨てて聞きました。」
『…?』
*
ヒート施設から出た松本が、伊野尾から俺の番号を聞いたらしく俺にかけてきたから、一応番号は登録してあった。
ということで、大野さんに通じる道は二つ。
伊野尾か松本…
……究極の選択過ぎないか?!
松本には頼りたくない。
つーか、連絡先聞けてないのバレたくない。
とは言え、伊野尾に聞いたら
「えーなんすかなんすか!秘密の話ですかぁ~?明日会えるのにこんな夜中に…?何かやらしくないっすかぁ~エッエッエッエッw」
とか言われそうで…!!!
上手い言い訳も思い浮かばないし、想像の伊野尾に既に腹が立っている。
くそっ…
やっぱり松本しかいねぇ。
『……ハイ?』
数コールの後、訝しげな声で松本が出る。
「悪い、夜中に。あのー…教えて欲しいことがあって。」
『はぁ…何スか。和のこと?』
「いや……その……大野さんの…連絡先……」
電話越しに、えっ、と短い声。
『嘘でしょ、まだ聞いてないんですか?何やってんの天下のアルファ様が(笑)うける(笑)』
「……うるせぇ!バタバタしてたんだよ!」
『一週間一緒にいたのに?てゆーか出会ってどれくらい?よくそんな状態で俺に奪ってやるとか言ってましたね(笑)めちゃくちゃ奥手じゃないですか…くくくく…(笑)』
くっそーーー!
だからこいつには聞きたくなかったんだ!!
「…もういいっ」
『いやいや(笑)教えますよ(笑)電話してやってくださいよ、大野さん絶対喜ぶから!』
最後の一言に切る直前の指がピタリと止まる。
「…喜ぶ、かな。」
『100パー喜びますって。』
松本の揺るぎない言い方に、思わず頬が緩む。
「…家行ったりとかは?お前家知ってる?」
『あー…いや、それは教えません。絶対。』
ぴしゃりと否定されて、ムッとする。
「喜ぶっつったじゃん。」
『電話で十分でしょ。ショートメールで送るんでさっさと電話してあげて下さいよ、大野さん寝ちゃいますよ。』
確かに、と思って、慌てて切った。
*
「…松本に。」
不服そうな声に気付いたのか、ふふっと笑う。
『ありがとう。後悔してたんだ。聞き損ねたこと。』
「俺も、昨日から後悔してました。」
『うふふ…一緒だね。』
「はい、一緒です。」
タクシーの運転手に次の道を曲がるように伝える。
この先は工事中だ。
『…今どこ?二宮さんちは出たの?』
「ええ。タクシーです。家に着く前に我慢出来ず電話しちゃいました。」
『何それ。』
くすくす笑う声が耳に響いて擽ったい。
「大野さんは?今何してるんですか?」
『ん?俺は…今ソファーだよ。』
電話って偉大だ。
行ったことのない家を想像して、ニヤニヤ出来てしまう。
「何色のソファーです?」
『色?えーとね、…茶色?赤??これ何色だ??』
「知りませんよ。」
今度は俺がくすくす笑う。
「…一気に色々決まりましたね。」
『そーだね…皆のおかげで、行くべき道が急に照らされた感じ。…ありがとう。』
電話してるのに、何となく大野さんが頭を下げてるのがわかる。
「言ったでしょう?あなたの人徳だって。」
『違うよ。皆の優しさと実力。』
「本当に頑固ですね。」
『櫻井さんこそ。』
少しの沈黙の後、どちらともなくふっと笑う。
もっと甘い会話の予定だったのにな。
まぁ、我慢出来ずタクシーでかけてる辺りで間違ってるわけだけど。
「…やっぱ、断れば良かったかな。」
『え?』
「ニノ達。あなたと二人きりでデート出来ると思ってたのに。」
明日からまた仕事。
会えるは会えるけど…
社内恋愛をわざわざ公言する気はないが、松本と番だと思われている大野さんを見るのは辛い…と思う。
『…俺ね、松潤とニノがいた時は別にいいって思ってたんだけど…』
タクシーがカチカチとハザードをたいて路肩に寄せる。
「けど?」
『けど…夜は二人になれるかな、なんて思ってたから…ちょっと…後悔しちゃった。俺とまぁくんの夢の為にいっぱい考えてくれてるのに、失礼だよね。』
カードで払い、レシートを受け取る。
カバンとコートを脇に持ち出るとバタンと自動で閉まる扉。
懐かしいな。
俺が酔いつぶれた時も、大野さんが寝てしまった時も…こうやってタクシーで降りたんだよな。
「失礼じゃないですよ。」
『…そんなことない。俺…本当に失礼なんだ…』
「大野さんが失礼なら二宮はどうなるんですか。アイツほど失礼な奴知りませんよ。」
笑いつつ、カバンの中のキーケースを探りながら、エントランスの自動ドアを通る。
『「…疲れてるのに、急に家に来ても?」』
声が二重に聞こえ、えっ、と顔を上げる。
そこには申し訳なさそうに立つ大野さんがいて…。
思わずカバンを落とす。
『んふふ、マンガみたいなリアクション(笑)』
大野さんが俺を見つめながら電話越しに喋る。
「……え、なにこれ?幻覚?」
目をぱちぱちと瞬きする。
今度は、現実だと信じるため。
『櫻井さんに一個聞きたいこと、あるの。』
大野さんが隣にあるバーガンディ色のソファを指さす。
『このソファって、何色?』
答える間もなく、駆け寄って思い切り大野さんを抱き締めた。