【Side 櫻井】
「…そういう、こと。」
「いつものように勝手に入った…悪かったよ。」
ニノが苦虫を噛み潰したような顔をする。
「いや…うん、俺も…まさか大野さんが…。」
「ごめん…」
もぞ、と布団の中で大野さんが動く。
「大野さん!」
「櫻井さん、薬…俺のコートか、カバンか、スーツ、どこ…?」
布団にくるまったまま大野さんが掠れた声で尋ねる。
そういうことか、とやっと気付き、ひとまとめにしてあった紙袋によろめきながら近寄る。
「すみません、酒かかってたからコートとカバンはクリーニングに…スーツはクローゼットで…」
紙袋を渡すと、大野さんがガサガサと中を漁る。
そして薬を──恐らく抑制剤を、口にする。
回し飲みしたペットボトルの水を渡し、大野さんが小さく会釈してそれで流し込む。
そうか。
俺のせいだったんだ。
俺が、また……。
「多分、これで大丈夫…。クリーニング、ありがとね。」
大野さんが小さく呟く。
「大野さん、すみません、俺が…ッ」
「ううん。こっちこそごめん。俺が嘘ついてたんだから、櫻井さんは悪くないよ。あと、そっちの…松潤の恋人だったんだね。本当に…ごめん。」
大野さんが頭を下げる。
「いや、俺こそ…スンマセン。」
「大野さん、聞こえてたんですね…」
「後半、少しね。盗み聞きするつもりはなかったんだけど…身体が怠くて動けなくて。ずっと抑制剤で制御してたから…だから、副作用で最近眠気が凄くて。」
そうか、副作用だったんだ。
大野さんが異様に仕事中眠そうにしていることと、酒を飲んで突然がくりと眠気に襲われたことを納得する。
「ごめん…シャワー浴びてきていい?今日来週分の仕事片付けてから、今夜ちゃんと話すよ。松潤も呼ぶ。」
よいしょ、と立ち上がろうとする大野さんの肩を慌てて押し返す。
「仕事…って、ほとんど寝てないじゃないですか!そんな副作用と昨日の…で、ボロボロの身体で…!」
「俺は会社ではアルファなんだよ。オメガの都合は、通用しない。課長も辞めちゃったしね。大丈夫、今日頑張れば明日は休みだ。櫻井さんは外回りにしとくから休んでいいよ。」
会社ではアルファ。
そうだ、公式な書類だってアルファだったじゃないか。
偽造したってことか?
入社前と入社後、二段階もあるというのに、そんなこと可能だろうか?
そうまでして頑なにアルファだと偽る理由がどこにある?
こんな抑制剤の副作用で身体をボロボロにしてまで、何故大野さんは──。
「…ダメです、あなたが行くなら俺も行きます。…もし万が一、またヒート再発したら…俺が助けます。薬持って金魚のフンみたいにくっついて回りますから。」
理由なんて分からない。
だけど松本がそうしてきたように、俺だって出来ることがあるなら、全力でこの人を守りたい…。
強い目でそう訴えると、大野さんがふっと笑う。
「うん…ふふ、ありがと。心強いよ。そうしてもらおっかな?ええと、あなたは…」
「二宮です。」
ニノが機械的に返す。
まだ気持ちがついていかないんだろう。
どこか目が虚ろなまま動かない。
「俺は大野です。二宮さん。松潤には、どうしたらいい?…黙ってる?俺は、どちらでも。」
「俺から…言います。仕事終わり、俺も同席させてもらえますか?」
「うん、そうしてもらえるとありがたい。じゃぁ、終わったら連絡するよ。場所は…決めたら櫻井さんに言うから、教えて貰ってくれる?」
「分かりました…。」
そして、大野さんはシャワーを浴び、俺の服を貸し、家に帰って行った。
俺も支度をし、朝が来るのを待って出勤した。
睡眠不足と気怠い身体を纏いながらも何とか何事もなく仕事を終える。
待ち合わせた料亭は、政治家の密会とかで使われそうな、完全な個室。
料理は既に運ばれていて、火をつけたりする作業を自分たちでするようなスタイル。
店員の存在を懸念することなく話せるということだ。
こんな店を知ってるなんて、よく知りもしないくせに意外だと感じる。
仕事は先に俺が終わり、ニノと落ち合った。
沈黙の中、少しして扉が開く。
「おまたせ、お疲れ様。」
「お疲れ様です。」
大野さんに続く松本が、ニノを見てひどく驚いている。
「なん、…え?」
松本にはニノがいることを何も言ってこなかったらしい。
まぁ、言えば…察しはついてしまうだろうけど。
「潤…俺、お前に話さないといけないことがある。」
ニノが俯いて呟く。
「席、外すね。もう一部屋とってあるんだ。松潤…ごめん。」
大野さんが頭を下げたことで、松本の目が不安に染まる。
何かを悟ったように足下を見る松本の横を通り、扉を閉める。
俺は大野さんと少し離れた個室に入る。
二人して席につくと、しんと静まり返った部屋で大野さんが重い口を開く。
「俺ね。櫻井さんが来た日から…ずっと、不安だったよ。」
大野さんが苦々しく笑い、ぽつりぽつりと話し始めた。