【Side 二宮】
付き合いは順調だった。
何をもって順調と呼ぶのかはわからないが、小さな喧嘩はちょこちょこあれど少なくとも俺は潤のことがとても好きだった。
しかし、平穏は突然に壊される。
取引先に出向いたら、そこでヒートが起こっていた。
突然のことに抗えず
そこにいた3人のアルファで、そのオメガを──。
潤に言うべきか悩んだけど、これから先同じようなことが無いとは言いきれないから、包み隠さず伝えた。
潤は、泣いた。
そして、仕方ないと言った。
それがアルファなのだと。
自分にはどうしたって理解出来ないし、非難も出来ない、本能なのだと。
オメガがそれで苦しんでいるように
アルファだってこうやって辛い思いをし
ベータも理解出来ないことに涙する。
仕方ないのだ。
それが、『本能に逆らったカップル』についてまわる試練なのだと。
「泣くのをウザく思うなら、捨ててくれて構わない。俺は多分…毎回、泣く。」
潤はそう言ったけど
「嫌だ。嫌だよ。俺は潤がいい。次は、きっと…逃げるから…」
そう、縋り付くしか出来なかった。
俺は潤のことが何より大切だから。
「簡単に逃げられないことも、分かってるから…無理すんな。でも、ちゃんと今回みたいに言って欲しい。どんな事実も、和のことはちゃんと受け止めたいから…。」
「…分かった…。」
どれだけ辛い思いをしても、別れるなんて選択肢は俺の中ではどこにもなかった。
「ところで…翔ちゃん何課に配属になったわけ?」
「は?マーケティング二課ってとこだけど…何で?」
「いや?別に。」
翔ちゃんがSamejimaグループに出向と聞いた時には驚いた。
しかもビルまで同じ。
でも、流石に課まではかぶんねーか。
潤は確か広報課だ。
建物は同じと言えど、大きな会社だし。
接点を持つとは考えにくい。
実際、翔ちゃんの口からも潤の口からも、互いの存在を示すような会話は出なかった。
だから俺は何も言わなかった。
潤にも、自分の同期が行くことは告げなかった。
何となく、面白いじゃん。
知らない間に繋がってたりしたら、余計。
しかも…翔ちゃんに惚れられたら嫌だし。
そんな軽い気持ちで言わなかったんだ。
それが、こんな結果を招くなんて夢にも思わなかった。
あの時俺が言ってたら…
何かが少しは変わっていたのだろうか。
*
潤との連絡を終え、慣れた翔ちゃんちへ向かう。
いつものように合鍵を挿し、ドアを開けた途端に、すぐに分かった。
ヒートだ。
まさか、翔ちゃんと…?
そう思ってるのに、視界が霞むほどの強いフェロモンに身体が言うことを聞かない。
──やだ、やだ、行きたくない。
全細胞を支配されているのに、根っこの精神だけが残ってる感覚。
強いフェロモンに、俺の足は勝手に進む。
潤、どうしよう──。
俺、またお前を──。
「さ、く…!俺のカバン…だ、誰?!」
寝室の扉を開けると、そこにいたのは見知らぬ男一人。
何で翔ちゃんの部屋でオメガが一人でヒートを起こしてるのか、さっぱり分からない。
だけどそんなこと聞く時間も考える余裕もない。
そいつは狼狽えていた。
何かを探しているようだった。
それでも、本能でお互い引き寄せられる。
アルファは、オメガを。
オメガは、アルファを。
どうしたって求めてしまう。
「……っ」
ベッドに組み 敷 き、見下ろす。
お互い嫌だと深層心理が叫ぶのに、身体は 火照り、疼 き、求める。
潤……
ごめん………っ
つぅと涙が流れたのが先か、唇 に触れたのが先か。
俺は、そいつのフェロモンに、堕ちた。