【Side 櫻井】
「出向…ですか。」
「1年ほどでいいんだ、頼むよ。技術者が足りないらしくてね。お得意先だから有能な人材を送りたいんだ。」
「…わかりました。」
ウチに膨大な利益をもたらしてくれる会社だから、優秀なアルファを送りたいってことだ。
肩書きなんかよりも、アルファか否かの方がよっぽど得意先への優秀さのアピールになる。
だから俺を送るという上の決定も納得できる。
しかし、出向はどうも好きになれない。
出向先にアルファが多ければ楽だが、少なければ色んな人間に媚び諂われる。
それが嫌いだからだ。
フリーのオメガなんていた日には最っ悪。
(今自分の所属する課にはいない。)
「はぁ~。」
屋上で休憩しながら空を見上げていると、後ろからぽんと肩を叩かれる。
「うおっ!」
「お疲れ。」
缶コーヒーを二つ持ってニヤリと笑うのは、同期の二宮だ。
「っぶねぇな、ベンチから落ちるだったわ。」
「驚き過ぎなのよ翔ちゃんは。ほんとビビりだよねその王子様みたいなナリして。」
「うるせぇ。」
缶コーヒーを軽い礼と引き換えに受け取る。
「つめて!ホットじゃねーの?!」
「今日比較的あったかいから。」
「比較的、な…。」
不満たっぷりでプルタブを開ける。
確かに比較的暖かい。
しかし今は冬真っ只中。
日中最高気温は毎日1桁だ。
震えながらも口にする。
「飲むんじゃん(笑)」
もったいねーだろ、と言うと笑われる。
「出向だって?」
流石情報通。
先程聞いたばかりの内示をもう知っているらしい。
「そーだよ。アルファ多いといいけど…。」
「見られるのはウザったいけど、ちやほやされるのはいーじゃん。別に決まった相手いないんだから楽しめばいーじゃんよ?」
「俺はオメガなんて絶対孕ませたくねーもん。」
「はいでたー翔ちゃんのオメガ嫌いー。」
「お前だってアルファのくせに選んだ恋人はベータじゃねぇか。」
「何言ってんのよ。俺はオメガが嫌でベータを選んだんじゃないよ。たまたま好きになった人が男で、ベータだっただけ。」
ニノの恋人はベータ♂だ。
アルファとベータの、しかも男同士のカップルなんて同性愛者でしかありえないレアな組み合わせ。
Ωは子どもが出来るのに、わざわざベータの…しかも男を選ぶということは、よっぽど惚れ込んだのだろう。
いつも愛おしそうに話してくれる。
「ヒートのオメガに出くわしたらどうすんの?」
初めてニノの恋愛を聞いた時、そう質問したことがあった。
ニノは苦笑いしながら、
「無理かもしんないけど、全力で逃げるかな…。じゃねぇとうちの、泣いちゃうし。」
と少しさみしそうな顔をした。
惚気かよ、と言うと照れくさそうに笑っていた。
そんなにそいつが好きなのかと驚いた。
こと恋愛においては淡白そうな印象だったから。
「今度会わせろよ。どんな奴か見たい!」
「やだよ。翔ちゃんに惚れられたら困る。あなたね、他のアルファよりオーラあるんですからね?自覚しなさいよ。」
「そのオーラってやつがよくわかんねぇんだけど…何なわけ?」
アルファには少なからずオーラというものがあるらしい。
だからわざわざ自分がアルファだと言わずとも周りにバレしまうことが多い、とのことだ。
俺はそれを感じたことがない。
ニノ曰く、俺のオーラが強いから気付かないのだということらしい。
(ただ本当にアルファのオーラがなくて気付かないようなアルファもいるみたいだ。)
「んー、表現難しいけど…ゾクってくるんだよね…。俺も翔ちゃん程じゃないと思うけど、恋人から会った瞬間ゾクってしたって言われてる。」
「ゾクっとねぇ~…。それ運命の番の言い伝えのやつじゃねーの(笑)」
「んなわけないでしょ、相手ベータなんだから。」
運命の番というのは、会った瞬間に何かを感じ取ってしまい、一度会ってしまえば自然と惹かれあってしまうアルファとオメガというものらしい。
都市伝説みたいなものだ。
そんなもの周りで聞いたことがないし、あるわけがないけど。
少なからずそれを信じている奴もいる。
「いつから?」
出向の話だと理解し、また冷たいコーヒーを喉に流し込む。
「一週間後。あーめんどくせ!」
「いい人いるといいね。そろそろ相手見つけなよ。アルファにせよ、ベータにせよ。」
「仕事しに行くんだよ。」
「分かってるよ、期待のホープ櫻井主任♪」
茶化しながらニノは踵を返し、屋上を後にした。
「…素直に頑張れとか言えねーのかアイツは。」
缶コーヒーを見つめて苦笑いした。