「あ、また忘れた。智くん、リップ貸して!」
「あー…今ないや。ここならいいよ。」
ん、と口を突き出す智くんに固まる。
えーーーーっとぉ………。
これは…口でいけってことだよな?
普通に、悪ふざけの冗談?
…否。
自惚れではなく、智くんはここのところ俺にかなり気を許しているように思う。
最近、リップから智くんの指でとって俺の唇に塗ってくれたり、
智くんの唇についたリップを指で払ってくれて俺に塗ってくれたり…
戸惑いつつも受け入れてきた。
いやむしろ何か特別な感じがして嬉しかったりした。
何故だかテンションが上がる。
(気色悪いことは重々承知である。)
つまりは…口で受け取ってもいいってことか?
メンバー間でキスとかちょこちょこあるもんな?
いい…んだよな?
いや、待て櫻井翔。
よく考えるんだ。
俺はこれを口で受け取ったらどうなる?
今後の接し方的に発生する問題は本当に無いのか?
そもそも、だ。
この人は何も考えてないんじゃないか?
だってほら。
ん?て純粋な顔で小首傾げて待ってんだぞ?
普通さ?
俺のこと特別なら、こんなことするか?
もはや特別どころか何とも思ってないのではないだろうか。
そうなってくると、俺の軽はずみな行動はとてつもなく虚しいものに変わるのではないだろうか。
ん?虚しい?
いや別に俺は智くんを変な目見ているわけではない。
断じてない。
(…恐らく。)
想像してみよう。
例えば俺が何でもない風に「ありがと」って言って
普通にちゅっとしたとする。
…ちゅっと…
この…
ぷるぷる唇に……
俺が…………
…………………。←想像した
あーーーーーーーーーっ
ダメだダメだダメだっ
無理だろこれは!!
カメラもない周りの冷やかしもない時に普通にって何だよ?!
そもそもちゅっとしたくらいでリップつくか?!
リップの効果は存分に発揮されるのか?!
そうだ、リップの効果だ。
そもそもそこが論点だ。
一瞬当たるくらいでは充分に乾燥を防ぐまでには至らない。
そこまでしてやっと任務は遂行されたことになる。
そうなると、塗りたくらなくてはならなくなる。
唇で受け取る場合…
唇に唇を当てた状態で……
押し当てながらゆっくり円を描いたり………
はむはむしたり……………
…………………。←想像した
だーーーーーーーーーーっっっ
無理だっそんなんメンバーに出来るわけねぇ!!!!!!
え、てゆーか智くんがそこまで本当に考えてるのか?!
それとも俺が怖気付いて出来ないと高を括ってるのか?!
そうだ、絶対そうだ!
よし、そんな感じなら…俺だって男だ!
智くん、見てろよ!
驚いて腰抜かしたりしても知らねーぞ!!
いざ、と一歩踏み出すも、智くんとがっつり目が合う。
ふにゃっと目尻が笑って、
「ん♡」
…………撃 沈_| ̄|○
「…遠慮しときます…。」
ふらふらとよろめきながら部屋を出た。
*
「んふふ…」
一人残された部屋で笑いが漏れる。
翔くん、ウケる(笑)
眉間にしわ寄せて苦笑いしながら、俺の唇見まくって
一歩踏み出しては一歩下がって…
俺の肩掴みかけてはやめて…
決心しかけては髪の毛掻き乱して…
首傾けて近付きかけては固まって…
足ダンって踏んで何かと葛藤して…(笑)
冗談かどうか悩んでたんかな?
そんなんさ、おいらだってちゅーされるかもしれないんだから、嫌な人にはこんなことしないよぉ。
翔くんだからやってんの、わかってねぇんだろーなぁ。
真面目だからなー、ノリとかも出来ねぇんだよな。
まぁ…
そーゆーとこが可愛いんだけどね♪
でも。
自分の唇を指でなぞる。
「ちょっと…残念。」
とかゆってみたりして?
ポケットからリップを出し、また塗り直す。
見慣れた筒状のそれを見つめてクスッと笑い、またポケットにしまった。
END