「いやーいいよね。ほんと可愛い。愛おしい。」
「お前が言うとなんか生々しいわ(笑)」
行きつけのバー。
数人で飲んでいたが、残ったのは松本と小栗だった。
いい感じに酔っ払った2人の話題は自然にグループになり、大野になった。
「いや、マジでさ?潤はいいよなーほとんど毎日一緒にいるじゃん。」
「何だよそれ!きもちわりぃな(笑)」
「本気だよ?よく押し倒したりしないなーって感心してるよ。」
「…はっ?何言ってんのお前?」
「そういう意味で、いいなって言ってんだよ?」
小栗が大野ファンだと言うことは昔から知っていた。
コンサートに来てうちわを欲しがったこともあった。
しかし、それをそんな目で見ているとは思いも寄らなかった松本は、目を白黒させた。
冗談を言っている目ではない。
長年の付き合いから、それ位わかる。
「………えっと…本気?」
「うん。大野くんなら抱 けるよ。」
にっこり笑いながら恐ろしいことを言う。
松本は絶句した。
小栗は気にせず続ける。
「よくわかんないんだけどさぁ、メンバーってどんなもん?俺にはいないからさー。番組やコンサートでたまにキスとかしてるじゃん?ム ラ ム ラってこないわけ?あのふにゃって笑った顔、快 楽と羞 恥で歪 ませたくなるっつーか…」
松本はカッとなって胸ぐらを掴んだ。
「ふざけんなよ!」
思いの外大きな声で叫び、周りの視線にハッとして顔を隠した。
幸い少ない客で、業界人が多い暗い店内は騒ぎにならず済んだ。
小栗は気にも留めていないようにクスクスと笑う。
「そんな怒んなくても!妄想じゃん。」
確かにその通りだが、何故か胸がざわざわする。
「メンバーがそんな…風に見られてるの…何か嫌なんだよ。寒気がするっつーか…。」
ボソボソと言い訳をする。
言い訳。
きっとこれは言い訳だ。
こんな風に下世話な話をすることはたまにあった。
でもこんなに嫌な気持ちになったことはなかった。
自分でも何故そんな風に気持ちが荒ぶったのかわからないから、必死で脳内をフル活動させて言い訳を探している。
そんな感覚だった。
「何?まさか妬いちゃった?俺は潤のことも愛してるよ♪」
「ふざけんな、意味ちげぇだろ。妬いてもねーよ!」
「まぁね、潤とは寝れないわー(笑)でもさ、潤も彼のこと、大好きだよねぇ?」
意味深に笑う小栗は、とても楽しそうだ。
「は?…いや、そりゃ、メンバーだし。好きだよ。」
「そういう意味じゃないんだけどなぁ?」
面白そうに目にシワを寄せて笑っている。
そんな余裕な態度が癪に障った。
「…お前に落とせねーよ。あの人は。」
何となく、そんな言葉が口から零れた。
「そう?今決まった人いないはずって潤が言ってたじゃん。」
「そうだけどっ…お前、男じゃん。つーか結婚してるし。」
「だから?潤ってそういう偏見ある人?あと、俺の浮気癖は今に始まったことじゃないよ?」
悪びれもなく笑い小栗は目の前のワインを口に運ぶ。
「偏見は…ねぇけど…。」
気持ち悪いじゃん。とは言えないで飲み込んだ。
「俺、大野さんはどっちでもいける気がするんだよね。押しに弱そうだし。」
松本は、そうかもしれないと考える。
うちのメンバーは、俺も含めてだけど、仲いいしボディタッチも多い。
ファンがそれを望んでるってこともわかってるけど、普通に仲いいから出来ること。
とりわけ大野さんはそのキャラが濃い感じ。
しかしそれがまた心に黒い感情を芽生えさせるきっかけとなる。
何でこんなに嫌な気持ちになるんだ。
メンバーだから?
家族みたいな、親友みたいな、…恋人みたいな、そんな関係だから?
それとも、スキャンダルが自分にも影響してしまうから?
いや、そんなドライな感情ではない。
親友と大事なメンバーだからか?
…だとしても、何か違う気がする…。
答えは一向に見つからない。
「とにかく潤には関係ないよね?それとも俺が狙うと困ること、あるの?」
「…そんなことは…ねぇけど…」
最後の語尾は消え入りそうだった。
「そうだよねー?良かった、応援しろとは言わないけど、邪魔しないでよ?」
ニヤニヤと松本を覗き込む。
「しねぇよ。別に…俺には関係ない…。」
「あーよかったー!潤がライバルとか、勝ち目ないからさー!助かったわー!」
「…勝手にすれば。」
…ライバル?
つまり、俺も大野さんのこと、狙うってこと?
いやいや。
気持ち悪ぃ。
男同士じゃん。
松本は必死で頭を振って考えかけた思考を消し去ろうとする。
しかし脳内はそう簡単にデリートしてくれない。
『快 楽と羞 恥で歪 ませたくなるっつーか…』
小栗に言われた一番思い出したくない一言が蘇った。
チラッと大野を見ると、バチッと視線が合ってしまった。
ふにゃ、と笑う大野。
そして、松本の中で自分の意思と反して膨らむ妄想。
『まつ、じゅ…っ。はや、く…おねがい…』
付き合いが長いせいか想像力の豊かさのせいか。
舌っ足らずな声が勝手に脳内に流れ、妄想の中のその顔は、頬が 染め上がり眉は苦痛に歪み、半開きの口からは紅い 舌 が覗いている。
鎖骨には汗 が溜まり、松本に伸ばされた手は空を切り、その美しい動きに釘付けになる。
いや、これは妄想なのだから、実際釘付けにはならない。
しかしそんな勘違いをする程に、鮮明に、かつリアルに松本の脳内で大野は乱 れていた。
そして、自分の下 半 身が 疼い てしまっていることが何より自分の心をかき乱した。
「…つじゅ…?…まつじゅんってば!」
ハッと意識を戻すと、大野が心配そうに松本の側で覗き込んでいた。
予想外に詰められた距離にギョッとして仰け反ると同時に、その顔に今度こそ本当に釘付けになる。
過剰に塗る癖のあるリップのせいで、唇がグロスのようにテカテカだ。
「なぁ、ほんとに大丈夫?熱あんの?」
大野が無防備に、松本の額へ右手を当てた。
ドクン、と松本の心臓が跳ねた。
「…なんか若干熱い。風邪?いつもの薬は持ってんの?ないならマネージャーに買ってきてもらう?」
「いや、大丈夫!昨日飲みすぎただけなんだよ。」
「…ほんとに?」
大野は訝しげに松本を見た。
慌てて顔を背ける。
「ほんとだよ!漢方なら持ってるし。一応葛根湯、飲んどくよ。」
背けた言い訳と言わんばかりに、ガサゴソとカバンを探った。
心臓がバクバク鳴っている。
「なら良かった。」
大野はにっこり笑って座っていた椅子に戻りスマホケースを開いた。
松本はこっそり自分の下 半 身を確認し、言い訳のつかない恐ろしい状況にはなっていないことに安堵の息を漏らした。
しかしあの疼 きは確実だった。
俺、メンバーでこんな妄想…。
松本は自分で自分が許せなかった。
そしてますますわからなくなった。
俺は一体どうしたんだろう?と。
アイツのせいだ。くそ。
急に変なこと言いやがって。。
その後の撮影、対談は何とか普通にこなした。
大丈夫。明後日の5人の番組収録には、きっと平気でいられる。
そう自分に言い聞かせた。