「俺、本気で行くよ?いいの?潤は。」
バーのカウンターで突っ伏しながら、上目遣いで隣の男を見やる。
松本は目を合わさないように、ウィスキーの入ったグラスをカランと鳴らした。
「……だから…関係ねぇっつってんじゃん。」
そのまま口に運び、多めに流し込む。
ごくり、と喉が鳴った。
なんだかその音がいつもより大きく聞こえる気がして、耳に残る。
「あ、そ?じゃいただきまーす♪」
「っ…。そんな簡単じゃねぇよ。」
「俺、結構狙った獲物は逃がさないタイプなの、知ってるっしょ?」
ニヤリ、と小栗は笑った。
そんなの、わかってるよ。
松本はイライラしてくる。
でもそんな態度を出したら負けだ。
そう自分に言い聞かせて、平静を装っている。
それすらも小栗はわかっていて、ニヤニヤしている。
「ご自由に。俺は関係ないから。」
テーブルに一万円札を叩きつけ、ガタンと立ち上がる。
「あれー?どこ行っちゃうのー?」
「帰んだよ。明日早えーから。」
「ちぇ。楽しく飲んでたのになー。番組収録?5人?」
「雑誌の撮影だよ。…リーダーと2人。」
「そうなんだー。よろしく伝えといてよ?もうすぐドラマ始まるし、番宣でお邪魔する時にちゃんと連絡先聞くけどさ?」
松本は背を向け、無言で片手をあげて階段に足をかけた。
「素直じゃないねぇ。」
クスクス笑う小栗の小さな声はグラスに吸い込まれた。
「おはようリーダー!」
「ぅおっ?!…お、おはよう…」
勢いよくドアが開いて、イライラMAXな松本が大きめな声で挨拶した。
イラついていると声が大きくなる。
でも挨拶はしっかりする。
変わったその癖を、メンバーは皆知っている。
(触らぬ神に祟りなし…)
マネージャーも同じように思ったらしい。
すぐに「ディレクターに予定確認してきますねー」と出て行ってしまった。
静まり返る室内。
しかし、やけに松本はチラチラと大野を見ていた。
無視するのも怖いので、大野は恐る恐る話しかける。
「…どうしたの?」
見ていたことも、ましてや怒っていたことも自分で気付いていなかった松本は、一瞬ビックリする。
「…別に?何で?」
何でもない風にコーヒーを入れる。
楽屋にはコーヒー、紅茶、ジュース、お茶、水が置かれている。
松本は何となく、普段は入れないミルクと砂糖を手に取った。
気持ちが落ち着いていないからだと本人は気付かない。
「いや、なんか…怒ってるみたいだから…」
怒る?
松本は驚いた。
何故自分が怒らなければならないのか。
不機嫌であることは認める。
しかし、怒る理由は持ち合わせていないつもりだった。
「怒ってないよ。」
無理矢理作った笑顔で大野を見る。
無理していることが、バレバレだとも知らずに。
「…なら、いいんだけどさ。まぁ無理すんなや。話聞くだけなら出来るし。翔くんやにのみたいにアドバイスは出来ねぇけど。」
んふふ、と笑う大野に松本は癒される。
と同時に、松本は昨日の小栗のセリフを思い出していた。