人類は二足歩行後、ある時期から脳容積が大きくなり、知能を発達させ、道具や言語を使用するようになった。なかでも言語は、文化の継承・発展の必需品、それだけに奥が深い。ビオリカ・マリアン著『言語の力』は心理学教授として、「言語がどのように運用されているか」に焦点を当てる。特に、バイリンガル、マルチリンガルの脳や心の働きが研究の主眼だ。▼著者は、言語を単なるコミュニケーション手段としては考えない。知覚、認識、思考という人間の認知活動から切り離せないものとして捉える。言語は私たちの感情に影響を与える。言語によって自分の中にある違う側面や、違うアイデンティティが生まれたりする。話す言葉を変えると、母語を使う時には隠れていた違う自分が解き放たれることがあるという。▼特にマルチリンガルには、音楽における聴覚の向上、単語と意味のつながりの強化、ゲームでの認知制御の拡大、刺激に対する脳の健康や学習能力の向上、運動に伴う認知症の予防などを実現してくれる力がある。言語の学習は、脳内の情報処理の仕方の変化や脳の構造の変化を伴う。さまざまな出来事に対し知覚や認識の仕方を変え、記憶さえも変える。▼マルチリンガルはモノリンガルに比べ、偏見にも陥りにくい。複数の言語で思考することが出来れば、特定の文化に支配されることもなくなる。これはChatGPTの翻訳では起こり得ないことだ。だが著者は、マルチリンガルが絶対だと言っているわけではない。運動が肉体を変えるように、新しい言葉を学ぶことは脳の構造を物理的に変えることだという。