科学技術の発展に伴い、世界的に世俗化・脱宗教化が進んでいるのは間違いない。だが教会に行かなくても、聖書を読まなくなっても、アイデンティティとしての宗教は影響力を失ってはいない。藤本龍児著『宗教のアメリカ』は、現代文明のモデル、米国の歴史を辿ることで、「もはや宗教抜きには現代社会は論じられない」といった、「ポスト世俗化」論を展開する。▼一般に米国史は、英国で宗教的迫害を受けた「ピューリタン」が、信仰に基づき、理想の国を作るべく新大陸に向かったことから始まる。その際、彼らは共通の価値観によって連帯を図る「多元社会のための契約」を結んだ。さらに、教会を中心に市民を育てる共同体を作ることで、世界の中でも特別な存在だと考える「例外主義」や「選民思想」が形成されていった。▼フランスの政治家トクヴィルは、米国は「政教分離」を前提とした上で、宗教に支えられたモーレス(習俗)が多くの教派に共有され、「民主的共和思想」と渾然一体となっている、と指摘した。近代が理性と制度により構築してきた社会秩序の中で、民主国家が機能するには、米国は、空白として残された領域を補完する側面(倫理観・連帯感)として宗教を考えた。▼著者は、「ユダヤーキリスト教」的世界観は、世界を理解し支配する使命を人間の理性に与え、近代科学を強力に推進してきた。それはテクノロジーの文脈でも語り直されている。米国のイラン核施設の爆撃、トランプ大統領の福音派の意見によるイスラエル支援を見ても、近代化の先に改めて宗教が影響力を持つようになってきたのではないか、という。