気紛れ気晴らし日記 -17ページ目

気紛れ気晴らし日記

ほんとのわたしを知ってるかたも

しらないかたも…

日常のほんのひとこま。

上に取り入るのは容易いと自負している。
おそらく現実うまくいっているだろう。

しかし

人と協同作業することは苦手。

自然と距離を保ちたいと行動に表れてる。
目とか、口振りとか。

それを感じた協同作業者はたまらないだろう。


「この人とは一緒に仕事したくない」


って感じることだろう。



スパイラル。
ふと立ち寄ったビーズのパーツ売り場。

久しぶりに、元彼のことを微塵にも考えない・想わない時間を過ごせた。


アクセサリー作りにハマりそうな予感…!!


帰って速攻作った2種を、翌週から毎日交互に使っています♪

彼の周りには、私から見れば新しいものや憧れるものが溢れていた。
そして、彼自身も。

彼になってしまえたら、いい。
彼でありたかった。彼のような人間になりたかった。

彼の、隣にいることが相応しい人でいたかった。相応しい人になりたかった。


今の自分では、

相応しい人のフリをすることさえ、できなかった。


彼のいない生活は、新しい空気が入ってこないから、自分から動かないと、周囲の空気がすぐ澱むのが分かる。
どこに、いい空気があるのか。
必死で探す。
時にそれが彼の傍に在るものだと気付いても、そこは今のわたしが近寄れない場所。
代わりのない代わりを探すような作業。

彼の傍に快い空気が在ったのは、きっと彼が自ら集めた結果だと、今にして思う。

帰り道にふと立ち寄った本屋で、自分が手にした本の重さがそう言っているようだった。不思議な確信めいた心地。

「本買っちゃった」

過去の半年と1ヶ月で何回有っただろう。



これからは、自分で探しにいかなきゃならない。

人生って本来はそんなもの。

全てが据え膳ではなく、見つけに行くもの。


本来の形に戻っただけ。

在るべき様に成っただけ。



でも、

やっぱり、

いつかいつか、


昔は御免なさい。


と言って話せる隣人に、なっていたいなぁ。

空気のような人だった。

ひるがの の清々しい空気を、

遠く名古屋の地まで運んで、

時には澄みきった清水も、届けてくれる。


そんな人だった。
言葉を重ねるほど、滑稽になる。

滑稽な姿は 醜く 嘲笑の的となるのだろう。

NHK朝の連続テレビ小説。「芋たこなんきん」の最終回で、大泣きしました洸です。

こんばんわ。


あんなおとうちゃんいいなー。あんな夫婦いいなーと思っていました。


初めの頃や、毎日ちらちら見てる中ではそんなに惹かれなかったのですが、

最後はもう、ぎゅっっと詰まっていました。


ひとの人生ってなんなのだろうなー、と考えさせられました。


今年度、わたしのまわりには楽しいことや嬉しいこと、悲しいことやせつないこと、たくさんありました。


4月。フライングして3月後半から、初めて「彼氏」さんができました。そうなる経緯は異常でしたが、なかなか楽しい日々でした。

初めてひとに、「愛してるよ」って言われて、有頂天になりました。自分のことをそんな風に思ってくれる人の隣で見た夜景は、本当に宝石箱をひっくり返したような、ダイヤモンドみたいなキラキラで、心から素直に、「キレイ」って思ったことを憶えています。

うん。そんな自分を受け止めてくれる人が隣に居ると、素直になれるのですね。


初めて彼氏って呼ぶ人ができて、平日はすれ違い生活だから、土曜日の朝とか、2時間近く携帯で喋ったり。

切ったあと余計に切なくなって、恋しくなって、人生初めての感覚でした。


そんなこんなでわたしの恋愛生活がスタートして、6月初旬に終わりを迎えるも、

今度は8月半ば、父方の祖父の葬儀後、再びスタートします。

父方の葬儀で、久しぶりに会った従姉妹たちがすっかり「お母さん」になっていまして、

そのなかでも大好きなおねえちゃんに、今までなかなか聞いてみたくてもできなかった質問をしてみました。

「どこで(今の旦那様にしようって)決めたの?」

答えは、うまくぼかされてしまったような、感じでしたが、ひとつだけ、アドバイスを戴きました。


「愛されて育ったひと、にしたらいいよ」


そうでないと、わたしが、本来旦那様が子どもへ渡す愛情を、肩代わりしなきゃならなくなるから。

そうでないと、わたしが旦那様へ愛し方を教える立場に立たされてしまうから。


そんなアドバイスを胸に留めて帰って来た名古屋。

8月2日が誕生日の方と、誕生日を境にメールしていて、

一緒に行った飲み会後、向うは派遣社員さんを送りながら、わたしはお風呂で、

夏休み遊びに行く約束をしました。

「誰か他に誘う?」と訊かれた問いに

「せっかくだから2人がいいです」

と答えて、

「わ、積極的なこと言っちゃったドキドキ

と思ってました。


お昼ご飯は、いつも会社の方と一緒にたべてます。


そこで、話題になったのが、


「戦隊モノ」



自分より年が上なその方は、

バイオマン がすっごい好きでした!

2代目の黄色の人 がすっごい可愛くて好きでした♪」

って言われるのです。


ってまぁ、盛り上がって、

ばいおまん・・?、って状態のわたしは、ふと

「戦隊モノ何か知ってます?」

(というような振りだったと思う)

と言われ、

ゴレンジャー 好きです♪」

と答えました。


そう、初代戦隊モノ。です。


で、まぁ、ひとしきり話して、


お店からの帰り道、


総務の方がぽろ、と、ひと言。


「でも、ゴレンジャーなんてシロクロ時代の、よく知ってましたねー!」


って。


!?


そのあと、一斉に突っ込んだのは言うまでもありません。


大学のオーケストラ部、

追い出しコンパでは、追い出されるほうが、たくさんの部員の前で、一言言う時間がもらえる。

BGMは、オーケストラ部で近4年内で演奏した曲たちの中から選ぶ。


ベートーベン5番の1楽章を4回以上?かけて熱い想いを喋った人もいた。

珍しいけど(笑)


で、そん中で、2日経っても「良いこと言ったな」と思った言葉を此処に書き留めます。


「人間って、都合のいいようにできていて、


辛いことは忘れるんです。


いくら過去辛いことがあっても、すっごくがんばったときは、

それが何年か経つと、ぎゅって凝縮されて、

辛いことは忘れていい事は残るんです。」


言い得て妙。


細かい言い回しは記憶を辿って書いてるから同じでないと思う。

伝えたかった事は書けれてると思う。


わたしは、完璧に忘れるとは言い切れないけど、

でも、辛い想いをして、それに立ち向かってる間って、すごくエネルギーを使っていると思う。

そして、あとあと、なぜかそのエネルギーを燃やしていた時期を愛おしく思うときが、必ずやってくる。

その、愛おしく思うときには「辛い」想いは昇華・消化されてるから、

当時とまったく同じようには「苦しく」ならないのだろう。


2年ほど前は、そんな過去を振り返ったときに良い思い、良い気分で自分の過去を振り返りたいという、

本末転倒な歩み方をしていたわたし。

未来のために、今を殺す、といったら言い過ぎだけど、

そんなときもあった。

いまは、できるなら、

「今」を大切に「未来」を描ける人になりたいと思う。


旅立つみんなが、それぞれの場所でしあわせと楽しみをみつけて羽ばたけるよう、祈っています。

卒団おめでとうクラッカークラッカーキラキラ

オーケストラってものが、

クラッシックってものが、


 今までたくさんの人に愛されてきた由縁を知りたくて。


それならば、一番近い演奏者になってしまえば、分かるかな、と思い入った、大学のオーケストラ部。

2年間、自分の居場所であったそこから、また今年も幾人かが飛び立つ。


自分が、学生としては最後に演奏した曲が、好きで、

土曜日もそれを演奏してきた。


弦楽器がC(ドレミでいうドの音)の音を鳴らすその深さ。響きに。

一瞬でわたしは変わらず泣けてしまう。


Cの音には、もう後には戻ることの出来ない、「後悔」や、

尽きること無い「悲しみ」。


そんな負の感情が詰まっていると思った。


和音によって響きは違うから、

それはあくまでCの一面。

ある側面の話。


でも、たしかに感じた、Cの持つ、エネルギーというちから。

多分、

いままで、日がな一日自分の好きなこと考えてた時間が、わたしにはすっごい貴重だったのだと思う。

んでもって、すっごく好きな時間でもあったのだろう。


なかなか切り替えができないからか、最近ぼぉっと考えることが無い気がする。

もしくはできてないようです。

社会のことやら教育のことやら考えるの、何気に好きなんだなー。と先ほど自覚。

最近よく考えていることは、これまで考えてたようで、さっぱり実感が伴なわなかった自分の人生についてやら。

ようやく実感が出てきました。

なんのって?

今、自分は生きていて、年をとっていずれ死ぬんだなってこと。

んで、今いる親もいつかはいなくなって、自分は自分の家庭を持ってこの広い世界の中で唯一の人を選んでその人の子どもを産んで、、んでいずれ死ぬんだって。


自分は何をして生きていたいのか。


答えが無いから、余計苦しい感じなのかな。


けれども、そうやって悩んでいる自分の時間を大事にしていくこが、自分の人生を大事にすることだと、今は感じている。