気紛れ気晴らし日記 -14ページ目

気紛れ気晴らし日記

ほんとのわたしを知ってるかたも

しらないかたも…

日常のほんのひとこま。

自分が変わった方が早い。


変えよう

変わってくれ

じゃなくて、

今のままの周りに、自分がどれだけ寄り添えられるか。
これから先も変わらないだろう周りをどれだけ受け入れ、いいところも悪いとこも認められるか。
利用するぐらいの気持ちでいい。


うまく生きなきゃソンだ。

今日、偶然見つけたブログが、すっごいマイナス~な周波数を出していて、そこがまた、最近の自分と似ていた。



あ、暗いこと書くと読んだ方はこんな気持ちになるのかな。



とようやく気付いた23歳。

まだまだ幼いところ多し。

ちょっと反省。



いきなりは無理かもしれないので、徐々に、浮上した前向きブログにしたいものです。



最近は大分上がってきたからね。

といいつつ、また少し書きます。
書き留めておかせてください。


最大鬱気だった6月を抜ける際、最後の最後、わざわざ心配してくれた社内の人を自分から遠ざけた。

後悔はするけど、こうなって良かったのだとも、考える。

…考えるようにした。




次は自分が本当に愛して、結婚したいって思える人しか付き合わないって決めたのに、楽な方へ逃げる自分がいる。

相手のあることだからうまくいかないことが常。それさえも忘れて突っ走る癖を直さなきゃいけない。
もしくは、そんな状態になっていることを自分で気付き、通常の状態に戻るまでの方法を身に付けることが必要。


お互いのため。自分のため。



最高視聴率ならぬ、最高恋愛率が計れるのとしたら、過去、付き合っていた間は、間違いなく元彼さんの方が最高恋愛率を記録していたと思う。


フェアじゃないって感じるのも当然。


わたしも、自分が逆の立場なら、きっと同じこと思うから。



今なら冷静に言える。



ごめんなさい。

ありがとう。



職業適性診断テストをしてみました。

これは福島人材派遣センター の。

愛知県民なのに、すみません;

90問もあって、さらに、「よい精神状態のとき」と「悪い精神状態のとき」という分け方も興味深い。

かなり本格的だな、と感じたので、ここにコピペ。


あなたがご回答なさった際に強く顕れた一面は・・・

『他人を助ける』

気質です。

良い精神状態の時

情愛深い・適応できる・心が広い・面倒をみる

悪い精神状態の時

遠回し・独占したがる・ヒステリック・感情的

性格

困っている人をほっとけない世話やきタイプ。常に周囲に気配り、豊かな愛情を注ぐ温かい人柄は、多くの人から愛される。

注意

自分が注いだ愛情に対して、無意識のうちに相手に代償を求める傾向があり、相手がそれをくみ入れてくれないと、逆に怒りとなって激しく攻撃する場合がある。

仕事

人と係る仕事、教師、販売、受付係、秘書や医療関係のカウンセラー、看護婦(士)などが向いています。


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大学2年まで教免課程をとっていた。

大学生活では、某ショッピングセンターのレジ・接客をやっていた。

カウンセラーになろうと衝動に近い力で動かされた大学後半2年間。

大学受験時、一時期考えた看護士。けれど、これに関しては、

人に注射/点滴の針打てる気がしない・・・

という理由で却下。


並んでいた職種が、自分の可能性で考えたことあるものが結構あったので、

この診断はかなり自分を見抜いてくれているのかな、と思う。


これまで、「芸術家」が向いてる。なんていう、一見実現不可能そうな内容の診断もちょこちょこあったので、

今回のは、信憑性高く感じる。



繋がったらいいな~と、電話を掛けることがある。
元カレさんに。

はた迷惑極まりないだろうけど、迷惑掛けても、普通の友人より許してくれそうだと期待をしている。

そんな行動とるのは、決まって仕事帰り が圧倒的に多い。


判断力が鈍ってるんだね、きっと。


眠たいはずなのに寝るのが惜しいと思う今日この頃。
回復しきれず朝がきて夜がくる。


仕事中、あからさまにイライラオーラを出さないためにも
まずは寝なきゃいけないんだろうな。
正しい判断力を維持するためにも。

夜の休憩中に見つけたサイト。


境界例


ってのを紹介しているのだけど、そこの攻撃型が、今月頭からはじまったわたしの症例によく似ていて、驚いた。


以下抜粋。


攻撃型
 ~略~ たとえば社会的な不正や不条理に対する怒りといった形で現れたりもします。境界例の人は、他人から見捨てられることを常に警戒していますので、他人の心に潜む欺瞞を見抜くことに優れていたりするのですが、攻撃的な面が出てきますと相手に対する配慮がなく、ズケズケとものを言ったりします。挑発的であることが多く、治療場面では、医師が患者から感情を逆撫でするようなことを言われたり、医師の治療行為の矛盾を指摘して抗議したり、他の患者や看護婦を扇動して病院側と団体交渉を要求したりと、実に扱い難いことこの上ないような行動に出ることもあります。ちょっとしたことが見捨てられることに結びついて、侮辱されたような感じになり、激しい怒りの感情を呼び覚ますからです。健全な攻撃性というのは、自分の利益を守るためになされるものですが、境界例の人の攻撃は、自分で自分を見捨てているために、攻撃によって自分がどんなに不利になろうとも、そういうことにはまったく無頓着だったりします。」


そうそう。こんな感じ。


でも、心理の病なんて、たくさんありすぎて、みんな何かしらに分類できるってのが現実だし。


気にし過ぎないくらいに気にしていよう。

2番目のは別れた彼にさえやろうとしている感があるのでまだまだなのだけど、
1番目は実行中。

元彼さんに逢って互いに話すことができれば、
元彼さんがして欲しかったこと、お互いの望んでいたものと現実かなわなかったことがはっきりして前に進めそうな気がする。
けれど、相手はおそらく、全てはそれぞれが内省すべきことで、話合うことでも意見を交わすことでもないと思っているのだろう。



もし相手の望むことが分からないならば、それは
7ヵ月付き合っていても相手のことを汲み取れるようになれなかったわたしの過失ということか。
努力が足りなかった、相手への注意が欠けていたということか。
そもそも理解できない2人だったということか。
…最後のが一番悲しいな。
口にすれば一番最初に打開できるとも思うのだけれど。。
ま、限界もあるんだろうね。



「だろう」連発の日記。
けれどね、この3ヵ月間ほぼ推測でしか考えられなかったことを考えると、当然と考えられるんだよ。
「相手のことを知りたくて付き合うのは悪いことじゃないよ。自然だよ。」

って言ってくれた人がいた。

うん。付き合うのは悪くない。
ただ、自分に合うか見極めて判断することは避けちゃいけない。

わたしは一旦は見極めたけれど、過った。
自分の中で勝手に生成した罪悪感に押し流され、
決めた決断を貫けなかった。


結局、彼の方が鋭くわたしの気持ちを見抜いて見切りをつけた。


「私が、想い、してきたことにたいして、なにもなかった。」

「恋人とは、対等な関係を指すとおもいます。」


どちらもわたし側からの想いや思いやりが相手のそれに見合ってないと言いたいのだろう。

わたしが寂しさで恋人に逃げている部分があることさえも見抜いて、もう付き合えない。と判断したのだろう。


今となっては予想するしかできないことが、またツラい。


最初の
「性格が合わない」

上の2つはどんな比重で彼の中に存在していたのか。
時が経つにつれて本人の中でも曖昧になっていくことだろう。


今回のことで、別れて数ヶ月以内に新しい人と付き合うのはやめようと思った。
寂しいを彼に埋めてもらおうとするのもやめようと思った。


2番目の
くーらーい内容が続いたので、小休止。



久しぶりに去年の春~夏頃に行っていた美容院に行ってみた。

付いてくれたスタッフさんがとても快い方で、髪だけでなく心も健康にしてもらった感じ。

さすが、話を聞くのがうまい。

同じ2月生まれで
「絶対当たると信じてるわけじゃないけど占いは見てしまう」
って話から恋愛話に発展して、かなり楽しく過ごさせていただきました(*^-^*)

濃い学生生活を過ごした桜山の道を歩いたのも、自分の今を考えるには良かった。

美容院「Shrimp」の木目調な雰囲気も好きだし、
ここのトリートメントがお気に入り♪
カラーの持ちが違うのです(o^▽^o)
世の中、よく「無意味なものはない」って耳にするけど、
(それで大抵、「将来必要なもの」だとか、「全ては繋がっている」と続くのだ。)
じゃあ、元彼さんはわたしと付き合ったことで何を得ることができたのだろう。
何かの意味を見出せたのだろうか。


1つでも何かの意味を見出せられたなら、いいなと思う。
強く願う。
ほとほと自分勝手だと思う。

人生これまで付き合った人は2人。
そのどちらにもメールで別れ話をされた。


最初の人は
「嫌いになったわけじゃない。好きなのも変わらない。
けれど自分の現状を考えると恋愛している余裕はない」
ってことだった。

うん。予想範囲内。
数日前から様子おかしかったし、メールが着た時から
なんとなく予感はしていた。
メール見たその場では悲しかったり寂しかったりしたけ
ど、そんなひどいことにはならなかった。


で、2人目は、
性格合わないから別れてほしい。

ってきて、
結構ひどいことになった。

前の人より普通に恋愛して、生活も覗いてた。
今は合わない時もあるけどそのうち馴染んでどっちかが
似てきたりするのかなーなんて考えてた。

でも、そんな違いより、

「いらない子」

って言われた感覚が強くて、悲しい。


性格合わないと感じた時が自分もあったクセに、いざ
相手から言われると自分の足場を無くした心地になった。
頭から冷えていって、家族にも立って喋るのもやっと。
会話する脳味噌だけ辛うじて稼働させていた感覚。


「もういらない子」

って宣言されたように感じた。

いや、「もう」じゃなくて

「やっぱりいらない子」

だ。

付き合い始めた最初2週間ほどは「いる」と錯覚して
いたけど、その後冷静に見つめたら「やっぱりいらない
んじゃ」になって、最終決定が7ヵ月後に下された。と。
振り返ってそう感じる時がある。



付き合う前から憧れている人だった。
雲の上の人で、わたしには見向きもしない人だと
感じていた。

多分、わたしのその感覚は正しく、何かの弾みで
彼の判断が誤ったのだろう。


今は全てが正しく戻ってきただけ。


やっぱり

彼は
雲の上の人。


同じ言葉を使う者同士なのに、共有できたのは
上司の悪口と職場への希望、くらい。

たったこれだけで考え方が似てると感じたわたし
が浅はかだったのだろうね。


もう当分意見を直接交わすこともないだろう。


わたしが人間変わるくらい知識も人間味も成長
したら、彼から見たわたしも話すに値する人間
になるかもしれない。

解説が度々必要になるようじゃ話しの腰を折る
ものね。
ある程度の土壌を共有している人とじゃなきゃ
楽しくない会話があるものね。

どんな5年を過ごせばあなたの立つ目線に行け
るのか。


追い越してやるんだから…!

と思ったり思えなかったり。