私が死産したときのことについて書こうと思います。
私が今まで生きてきた中で、
一番辛く悲しい出来事です。
赤ちゃんの命がなくなってしまったことがわかったのは、2011年11月4日のことでした。
その日は4週間ぶりの検診でした。
すでに妊娠5カ月に入っており、胎動も感じていたので、
赤ちゃんがそんなことになっているなんてまったく考えもしませんでした。
エコーの技師の方が診て画面を消し、席を外したのも、
機械の調子が悪いのか、席を外さなければいけない用事ができたのか、
そんなことを考えながら赤ちゃんの性別についてなどを主人と話していました。
しばらくして、主治医をつれてエコーの技師の方が戻ってきました。
今度は先生がエコーをして、
「心臓が止まっている」 と言いました。
私はそれを聞いてもなんのことだかわかりませんでした。
だって、胎動だって昨日まで感じていた。
何かのまちがいじゃないか?
主人と先生が話すのを聞くだけで、私はなにも言うことができませんでした。
ただ、診察台の上であふれ出る涙を止めることができず、
どうしてどうして、と思うばかりでした。
泣いている私を気遣い、妊婦さんや他の患者さんのいないところへ移動し、先生の午前の診察が終わるのを待ち話をすることになりました。
「思っていたよりも早く、最悪の事態が起きてしまった」
おそらく、双胎間輸血症候群だろうとのことでした。
一卵性の双子に起こる症状で、ふたりの心臓の強さの違いにより、1人の子に血液がいきすぎてしまい、もう1人の子が貧血になってしまう病状です。
二人の体の大きさに差が出ていたこと
前回の診察ではふたりの大きさに違いはなかったので、急激に進んだのであろうということ
最近まで胎動があったので、心臓が止まったのは最近だろうということ
今の週数では赤ちゃんの心臓が止まる前に見つかっていたとしても、治療のしようがなかったこと。
主人と先生が話しているのを泣きながら聞いていました。
先生の説明を聞いているときに、
主人が涙を流してくれたことがただうれしかった。
死産の処置はいつでもかまわない。
気持ちの整理がついたら連絡をしてくれ
とのことで、その日は帰宅しました。
帰宅してからも、主人と2人で泣き続けました。