病院にタクシー突っ込む=3人死亡、7人負傷-運転手「車止まらず」・福岡
3日午後5時ごろ、福岡市博多区大博町の原三信病院に、個人タクシーが突っ込んだ。男女3人が死亡し、7..........≪続きを読む≫
こっとり堂の日記ブログへようこそ。
最近、社会問題にもなってる自動車事故が、
アクセルとブレーキの踏み間違え。
アクセルとブレーキの踏み間違え。
以前からもたまにニュースで流れていましたが
このところ本当に多発しています。
誰も悪気はないはずなのに、恐ろしく酷く悲しい事故です。
この件をもって、さらなる自動ブレーキの普及を とか、
高齢者に免許を返納させるべき、などといった議論になってますし、
高齢者に免許を返納させるべき、などといった議論になってますし、
私もかつては「そんなの踏み間違える?嘘やん!」って感じで、
高齢者ならではの事故だと思っていましたが、
実はそれは違いました。
何故なら2年ほど前に私自身がしっかりやらかしてしまったからです(><)
40代後半の私が若いとは言いませんが、
まだ高齢者とまではいいがたい年齢で、
バックの際に、それこそブレーキとアクセルを踏み間違えて
自宅に置いていた奥さんの軽自動車へ突っ込みました。
まだ高齢者とまではいいがたい年齢で、
バックの際に、それこそブレーキとアクセルを踏み間違えて
自宅に置いていた奥さんの軽自動車へ突っ込みました。
自分としてはブレーキと思ってペダルを踏んでいるので
咄嗟に車を停めようと、思いっきり踏んでいるわけです。
当然、かなりの勢いで車が突っ込みます。
停めるつもりが猛発進。まさにパニックです。
そのあとしばらく自分のしたことに呆然となりました。
軽は廃車にせざるをえない状況でした。
たまたま自分の敷地内だったのが不幸中の幸いでしたが、
これが公の道路や駐車場だったらと思うとぞっとします。
これが公の道路や駐車場だったらと思うとぞっとします。
体感したからこそ分かる踏み間違え事故。
原因の一つは1日中車を運転していて、
疲れていたということ。
帰って来て「やれやれ」といったことで
車庫に入れる際、「もう少し後ろに詰めておこう」と思って、
何気なくアクセルで下がり、ブレーキで停めたつもりが
またアクセル踏んでいた。
疲れていたということ。
帰って来て「やれやれ」といったことで
車庫に入れる際、「もう少し後ろに詰めておこう」と思って、
何気なくアクセルで下がり、ブレーキで停めたつもりが
またアクセル踏んでいた。
それとペダルの位置。
会社の車と自家用車など、
いくつか乗り換えて使っていると、
微妙なペダルの違いに身体が付いていかないこともあります。
事実、タイヤハウスの張り出しで、
ペダルが内側にオフセットされている
コンパクトカーはかなり多い。
会社の車と自家用車など、
いくつか乗り換えて使っていると、
微妙なペダルの違いに身体が付いていかないこともあります。
事実、タイヤハウスの張り出しで、
ペダルが内側にオフセットされている
コンパクトカーはかなり多い。
そして、もう一つの、たぶんこれが一番大きな原因。
それは、快適性。
それは、快適性。
以前から思っていましたが
今の車は簡単に走り過ぎです。
ブレーキを離せばクリープで動き出す。
そんなオートマ車がほとんどの日本市場。
恐らく、教習を受けていない子供でもある程度背丈があれば、
今の車ならただ感覚的に走らせることができてしまうでしょう。
今の車は簡単に走り過ぎです。
ブレーキを離せばクリープで動き出す。
そんなオートマ車がほとんどの日本市場。
恐らく、教習を受けていない子供でもある程度背丈があれば、
今の車ならただ感覚的に走らせることができてしまうでしょう。
さらに静粛性の向上。
エンジンの音や路面からの音も小さくなり、
自分が今、大きな鉄の塊をすごいスピードで
走らせているということ、
つまり運転感覚を忘れさせてくれます。
エンジンの音や路面からの音も小さくなり、
自分が今、大きな鉄の塊をすごいスピードで
走らせているということ、
つまり運転感覚を忘れさせてくれます。
考え事や、ゲームをしていても、極端な話、
意識を失っていても、ペダルに足を乗せていれば
車は走ってしまうのです。
意識を失っていても、ペダルに足を乗せていれば
車は走ってしまうのです。
もちろん、判断力の低下は年齢にも起因します。
だから高齢者ほど危ないというのは嘘ではない。
ただし、今のドライバーは誰も放心しやすい状況にある。
だから高齢者ほど危ないというのは嘘ではない。
ただし、今のドライバーは誰も放心しやすい状況にある。
世間では、自動車産業界への肩入れのためか、
自動ブレーキを始めとした先進技術、さらなる付加価値の必要性を説く方向へ
その方向へのみマスコミも動いているように見えます。
ただここでは、私は声を大にして言いたい。
今こそ「面倒でも安全のためにMTに乗りなさいよ」と。
MTとはマニュアルトランスミッション。
左手のレバーでギヤをガチャガチャ変えながら、運転するあれです。
30年前頃まで商用車などはこれしかなかったと思います。
自家用車にしてもATより5万円ほど安くMTが選べました。
40年前まで行けば、AT自体が稀だったと思います。
左手のレバーでギヤをガチャガチャ変えながら、運転するあれです。
30年前頃まで商用車などはこれしかなかったと思います。
自家用車にしてもATより5万円ほど安くMTが選べました。
40年前まで行けば、AT自体が稀だったと思います。
「ノークラ」という言葉をご存知でしょうか?
「ノーブラ」ではありません。
「ノーブラ」ではありません。
これはつまりクラッチ*ペダルが無い、所謂「オートマ車」「AT車」のことです。
ATが出始めた80年代は、こう呼ばれていました。
それくらいクラッチがあることが普通だったのです。
ATが出始めた80年代は、こう呼ばれていました。
それくらいクラッチがあることが普通だったのです。
MT車はクラッチがあるので、
咄嗟の判断ミスでブレーキと間違ってアクセルを踏んだところで、
停止するつもりなら同時にクラッチも踏んでいるので
エンジンの空ぶかしになるだけ。
車は動かない。
仮にアクセルだけを踏んで、クラッチを踏み忘れていても
車は動かない。
仮にアクセルだけを踏んで、クラッチを踏み忘れていても
エンストを起こすため
一瞬車は前に出ようとしますが、暴走はしません。
一瞬車は前に出ようとしますが、暴走はしません。
たいそうなセンサーやプログラムを組み込まなくても
極めて機械的に、安価で安全な構造なのです。
90年代以降、日本の自動車市場はとにかくAT車を優先してきたため
MTは激減しました。快適性の追及と訴求がそうさせたのだと思います。
MT仕様は一部のマニアックな車種しか残されていません。
(少なくともマツダ以外は。)
MTは激減しました。快適性の追及と訴求がそうさせたのだと思います。
MT仕様は一部のマニアックな車種しか残されていません。
(少なくともマツダ以外は。)
恐らくこれを訴えるのは今しかない。
高齢者、つまり古くからのドライバーなら
実はMT車の運転は身体が覚えているはずなんです。
それしかない時代があったのだから。
だからこそ、安全のためのMT車を推奨しましょう。
右手右足だけでなく、両手両足を使って運転するだけで、
脳も活性化しますし、エンジン音を聞きながら、適切なギヤを選択して
運転しているという自覚が、ボケ防止や放心状態から回避してくれると思います。
脳も活性化しますし、エンジン音を聞きながら、適切なギヤを選択して
運転しているという自覚が、ボケ防止や放心状態から回避してくれると思います。
ともすれば楽なほうへ、楽なほうへ、便利なほうへ、便利なほうへと
志向してきた「ツケ」が今来ていると思います。
そして自動車メーカーも、
安全性能を高めるという技術革新の一方で、
従来の安価なMT車をどんどん提供していただきたいです。
安全性能を高めるという技術革新の一方で、
従来の安価なMT車をどんどん提供していただきたいです。
ヨーロッパでは、日本のようにここまでATばかりが売れていないと聞きます。
まだまだMTの需要はあると。
ならば、グローバル化が進んでいるメーカー側も
必ずMTは作っているはずなんです。
それを日本に導入するだけでいいわけです。
今のうちに「MTは安全だ」という認識を普及させることが大切です。
たとえエンストして急停止して後ろからオカマを掘られても、
自分が罪もない歩行者を殺すことはないのですから。
MT車を復活させる、その方向に舵を切るのは今しかない。
なぜなら、今後は本当にATしか乗ったことがない人たちが
歳をとってくるのですから。
以上です。
とにかく楽で便利なだけが優れているわけではない。
レトロ雑貨の良さにも通じますよね。
