平成18年(2006年)
この年の2月、上京して僅か2年で会社を辞めた。
元々ライターになりたくて入社したのに、幸か不幸か仕事が認められて次第にサイト運営の方を任されるようになったのもあるけど、会社として余りにもクソ過ぎたw
今思っても一緒に働いてた人達は凄い好きだったから、ホントにそこが悔やまれる。
一時期話題になった裁量労働制をこの当時からいち早く取り入れようとしてたけど、その割には目標設定がアホほど高くてひたすら働かせたりフレックス制じゃなかったりと、テイのいい残業代未払いにしか聞こえなかった。
何より、給料がクソ安くて仕事内容や時間に見合わずに、株式上場した際のストックオプションを餌にしてるだけにしか思えなくなってたのもある。
あと、会社として上場目指して大きくなりかけに伴って、社長の肝入りとかで気に入らない奴が増えて来てたのもあった。
入ったばっかなのに偉そうな人事担当の奴が特に気に食わなかったから、全社での裁量労働制の人事説明会ではタチの悪い先輩達と一緒に即答出来ないような質問責めにしておもくそ恥かかせてやったなぁ。
一番タチ悪かったのは俺まであるけど(・_・)
俺のは覚えてる範囲だと「裁量労働制における36協定の位置付け」「裁量労働制の適用外職種を含む部署の扱い」だったと思う。
極め付けは、質問の最後に巻き舌関西弁で「僕馬鹿なんでアホでも分かるように言うてくれませんかね?」でトドメ(・д・)
後で上司に「お前ら総会屋か!」って怒られたけど、最初から恥かかすのと、ざわざわさせるのが目的なんだからテロは成功だったと思う。
結局、この後も納得いかん事ばっかで会社を辞めたけど、人格はさておき仕事ぶりは評価して貰えてたので外注ライターとして仕事は続ける事になった。
自称フリーライター兼スロプロ誕生の瞬間であるw
さて前置きが長くなったけど、ライター目指して上京までしたのに、僅か2年でスロプロ復帰の背景も一応説明しといた方がいいかな、と思って書いた。
時代は5号機への移行期で、それこそ入れ替える台がなくて台があった場所にベニア板張ったり無理やりシマの中に休憩コーナーが出来てたりと、誰もが時代の終わりを感じてた頃w
北斗の拳SE
まさにそんな時代を作った台!w
初代北斗がスロ市場の救世主なら、コイツは5号機への移行を加速させた救世主だなw
初代が偉大過ぎたのと、規制もあって設定6でも機械割が低かった事など本来のゲーム性以外の部分で評価が低く不遇だったと思う。
初代北斗からスロを始めた人からすれば、正に4号機時代は北斗に始まり北斗で終わったって感じじゃないかな?
トゥームレイダー
同じく4号機時代の終わりを感じた台w
小役ミッション系は個人的に好きなんだけど、機械割が低いってだけでこうもつまんないのか…ってひたすら思いながら打ってた。
俺の空
俺ターイム!w
リプ5連で夢見れたからか、上記2機種よりは好んで打ってた。
リプレイ引けば何とかなる!は、かつてのサンダーバードに通じるものがあって好きだったなぁ。
ジャイアントパルサー
キンパルの大量出玉版という位置付け。
これも時代の流れなんだろうけど、吉宗の頃にもっとエグいスペックで出てたら人気あったんだろうなぁ、と思うと勿体ない。
真モグモグ風林火山
沖縄シーサー狙いでかなり勝てた。
打ってた期間が短かったのもあるけど、今ちょうど6号機モグモグ打ってるせいか記憶の薄れゆくスピードが早すぎて困るw
確かJAC中に出てくる奴を倒せば全国制覇で、高確率でループしてストック放出だったような?
とりあえず5号機も振り返っていくので、この辺はサクッと終わらせます。
次回、4号機最後に紹介するのは、何だかんだ打ってたコイツです!
確か吉宗の入れ替え機でお蔵入りだったのにデビューしたのに、まさかここまでのシリーズ機になるとは分からないもんですね。
俺は新婚旅行でエジプトとギリシャ行ったから、ピラミッドパワーで秘宝伝で万枚出しました!(実話)





