久しぶりに気狂い扱いされてぶちきれた日曜日の始まり。

こーたんが酷い風邪引かないのも、ここまで強くなったのも、食べ物飲み物気を付けてるからだという自負がある。

ここまで来るのにどんだけ大変だったか。

仮に私がいなくなって、あれあれっていう間に感染症かかりやすくなって、そのうち心臓弱って疲れやすくなって、夜も息苦しくて寝られなくなって…病気かかりやすくなって、あれ、何かおかしいぞ、ってならないと多分気付かないんだろう。

子どもは悪いものに対しても感受性高いこと、色々情報を得ないと分からないこと。

ネットの情報を鵜呑みにしないだけの情報量は充分得ました。

どうせネットの情報が、と、公式発表だけ信じて、いま何がおきてるか知らない方がよっぽど怖いですが。

同じ世帯じゃないなら、好きなもの食べて好きなもの飲んで勝手に病気になりたいならなれば?好きなもの食べて死にたきゃ死ねば?って言いたいけど、

仮にも家族で生活してかなきゃならないの分かってるのかね。

ましてや、自分が死んだ後のことを考えなきゃいけない状況だと、なぜ危機感がないんだろう。
ダウン症がある子どもを育てることになって、親の死んだ後どうやって行きていけるように育てるか、なぜ自分で勉強しようとしないのだろう。

私だけの子どもじゃないんです。

親も子もいかに病気せず元気でいられるか、だから身体に入れるものは気を付けてるんだ。

それがなぜ分からない。

宗教だ気狂いだ、そんな宗教気狂いと結婚したのはどこの誰か、鏡見てみるといい。

健康でいられる当たり前の生活が当たり前じゃなくなったとき、大事なものや人を失ってからでは取り返しつかないんですよ。