今日は予備校にお籠り。
帰り道の寒さといったら、指先がしびれるほどです。
教室で黙々と自習していたら、
しぜんとキタヨビを思い出した。
キタヨビがその良さを発揮し実力のあった、最後の時代にいたころ。
今のほうがプレッシャーが大きいはずなのに、あの頃は途方もない絶望と焦りしかなかった。
環境の違いか、「経験」の違いか。
今はまだわからない。
でも1月になってやっとエンジンがかかってきたモチベーションは下げたくない。
ただただ、周到に愚直にやっていくだけなのであります。
いつか友達が、
自信というのは、文字通り自分を信じるということなのだけれども、
自分を信用するっていう事は、我が身の事だから何もかも筒抜け、騙し通すのは限界がある。
そんな中で信用できる、というのは、「もう大丈夫だ」と同義なのだ。
「受験大丈夫かも」「面接受かるかも」と、心から思えてほっとしたとき、自信といえる感情が生まれてくる。
だから、大丈夫だと自分が太鼓判を押せるまで、不安材料を取り除く作業が勉強なり練習なのだ。
と言ってたのがすごく心に残った。それから何故か勉強が苦にならなくなった。
自信と大丈夫。
革命的名言。
帰り道の寒さといったら、指先がしびれるほどです。
教室で黙々と自習していたら、
しぜんとキタヨビを思い出した。
キタヨビがその良さを発揮し実力のあった、最後の時代にいたころ。
今のほうがプレッシャーが大きいはずなのに、あの頃は途方もない絶望と焦りしかなかった。
環境の違いか、「経験」の違いか。
今はまだわからない。
でも1月になってやっとエンジンがかかってきたモチベーションは下げたくない。
ただただ、周到に愚直にやっていくだけなのであります。
いつか友達が、
自信というのは、文字通り自分を信じるということなのだけれども、
自分を信用するっていう事は、我が身の事だから何もかも筒抜け、騙し通すのは限界がある。
そんな中で信用できる、というのは、「もう大丈夫だ」と同義なのだ。
「受験大丈夫かも」「面接受かるかも」と、心から思えてほっとしたとき、自信といえる感情が生まれてくる。
だから、大丈夫だと自分が太鼓判を押せるまで、不安材料を取り除く作業が勉強なり練習なのだ。
と言ってたのがすごく心に残った。それから何故か勉強が苦にならなくなった。
自信と大丈夫。
革命的名言。