じぶんの感覚
それは仕覆という世界・・・この不思議な出会いから自分の感覚というものを改めて見直す機会となりました。器そのものに光が当たりやすくそれを包む袋にはどれだけの人が注目しているでしょう。もちろんその道の方々にとってはなくてはならないもの価値を高めるのに十分な役割を持っていることは至極当然のことです。ただ、私の人生にはこのタイミングで光が当たったということがとても尊いことでした。・・・高校時代は茶道部(という名の帰宅部)でしたが最も近いところに居ながら「仕覆」という名を果たして一度でも聞いたことがあったか。記憶の片隅をつついても出てきそうもないのでやはり私には初めての認識であり出会いだったと思います。でもきっとこのタイミングなければこんなにときめくことは無かった。外側にこびりつく薀蓄や価値を一から理解してからでは好きになる理由を探しているようなものです。かけがえのないタイミングでの出逢いはそう決まっていたかのように激しく惹かれる。決して抗うことのできない感情の激流は恋のはじまりと、とてもよく似ています。外側から聞く価値の高さよりも自分の心が反応した、そこが何よりも嬉しかった。宝石のエネルギーを感じた時もそうだったのだけど自分の体感は間違いなく自分だけのもの。だれかが決めるものではないのです。俳句を詠み続けて強く感じるのはその誰のものでもない自分の感覚がとても尊いのだということ。そしてその感覚を少しも疑わず感覚そのもののエネルギーで行動した時奇跡は起きるのだということ。そのあともその時々にまた色々な感情を味わいつづけることでしょう。たったひとりのじぶん。そのじぶんの感覚。そこには正解も不正解もない。感じたことがすべて。ひとはいつだってその感覚がなまものだから変わってゆくことをおそれないで。大丈夫。じぶんの感覚をたやすくひとにあずけないで自分自身を楽しく生きよう。