外交と抑止力 ――読売新聞社説から―― | ことのは学舎通信 ---朝霞台の小さな国語教室から---

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 8月15日の頃は、戦争と平和について考えさせる報道が多い。

 本当は、1年365日、常に考えなければならないテーマであるが、人間は忘れる生き物であるから、1年に1度でも思い出すきっかけがあるのは悪いことではない。

 

 しばらく自宅を離れており、毎日(every dayということ)読売新聞を読んでいる。

 8月16日の社説は、「危機の時代に平和をどう守る 外交努力と抑止力向上が必要だ」という見出しであった。

 内容は、この見出しにすべて言い尽くされている。

 

 平和のために外交努力が必要なのは言うまでもない。

 果たして、抑止力向上は必要であろうか。

 抑止力、すなわち軍事力を強化しながら平和のための外交をするというのは、相手に刃物を向けながら「仲良くしよう」と言っているようなものである。

 本当に仲良くしようと思うならば、まず自分から刃物を捨てるべきである。

 平和のために必要なのは、外交努力抑止力(軍事力)の削減である。

 

 このような考えに対して社説は、「これは日本が無防備でいれば他国から脅威を受けることはない、という楽観論を前提にした考え方に立っている」と述べている。

 その通りである。

 同様に、抑止力(軍事力)向上平和が守れるという考えは、強力な軍隊を持っていれば他国から脅威を受けることはない、という楽観論を前提とした考え方に立っている。

 どちらも楽観論を前提としていることに変わりはない。

 違いは、相手を信頼するかしないか、という点である。

 武装解除しても他国からの侵略を受けないという楽観論は、他国の人々に対する信頼に基づく考えである。

 強力な軍事力があれば他国からの侵略を受けないという楽観論は、他国の人々を信頼していない考えである。

 

 外交努力をする上で、相手を信頼するかしないかは、その成果に大きな違いをもたらすであろう。

 外交は、お互いの信頼関係を築かなければ成り立たない。

 相手に対する不信感を前提とする抑止力向上は、外交努力と矛盾する。

 

 楽観論はよいことである。

 人類の未来は明るいと信じたい。

 同じ楽観論に立つならば、信頼関係を前提とする楽観論を選びたい。