野球用語小考 | ことのは学舎通信 ---朝霞台の小さな国語教室から---

ことのは学舎通信 ---朝霞台の小さな国語教室から---

考える力・伝える力を育てる国語教室 ことのは学舎 の教室から、授業の様子、日々考えたこと、感じたことなどをつづっていきます。読んで下さる保護者の方に、お子様の国語力向上の助けとなる情報をご提供できたらと思っております。

 昨日(10日)の朝日小学生新聞の1面は、「知ってる?野球のことば」という記事であった。野球のポジションやルールについての言葉や名称を説明する記事である。

 野球は、日本語に訳された用語が多い。他の外国から来たスポーツには見られない現象である。

 そもそも、「野球」という訳語のほうが、もともとの「baseball」という名称よりも一般化しているのは、不思議な現象である。

 サッカーやバスケット・ボールにも、「蹴球」「籠球」という和名があるが、一般的に使う語彙ではない。蹴球やろう!と友達を誘っても、何それ?と言われるであろう。

 野球用語は特別である。

 

 記事の中に、「中にはどきっとする表現も。」という記述があった。「一死」「二死」などの「死」、「封殺」「併殺」などの「殺」、「盗塁」の「盗」などである。

 たしかに、これらの語はスポーツにふさわしいとは思えない。これらの語彙が当たり前に用語として用いられているのは、野球だけである。

 サッカーでは、かつて「自殺点」という言葉が用いられていたが、Jリーグ発足後にオウン・ゴール(O・G)に改められた。

 野球用語がそのまま放置されているのは不思議である。

 「死球」は英語では「dead ball」、「盗塁」は「steel」なので、これらはほぼ直訳である。

 「アウト」を「死」と呼び、アウトを取ることを「殺」と表現するのは、日本独自の用語である。もう少し穏やかな言葉に改められないものだろうか。考えてみたい。よい代案があったら、野球連盟に提案してみようと思う。

 

 日本独自の野球用語の中には、すばらしいものもある。「サヨナラ」である。

 「サヨナラホームラン」「サヨナラヒット」などの名称は、英語にはないらしい。単に「homerun」「hit」と呼ばれ、特別な呼び方はないという。日本の用語のほうが、味わいがあってよい。

 「サヨナラホームラン」、「サヨナラヒット」。なんて素敵な響きであろう。「決着ホームラン」「試合終了ヒット」などと命名しなかった先人の言語感覚に感謝したい。

 わたしの教え子に、「サヨナラスクイズ」が好き、という子がいた。「サヨナラスクイズ」という言葉を聞いただけで、ゾクゾクする、と言っていた。ソフトボール部で四番を打っている、女子中学生であった。

 そもそも、「スクイズ」というプレー自体、野球の中でもっともスリリングなものである。

 ましてや、同点で迎えた最終回の裏の攻撃、ランナー三塁という状況でスクイズのサイン。サインを出す監督も、本塁に突入するランナーも、絶対にバントを成功させなければならないバッターも、ドキドキである。

 相手チームに読まれ、投球を外されたら、三塁ランナーは確実に憤死である。

 顔色や態度でばれないように、何食わぬ顔でやってのけなければならない。

 一球が天国と地獄を分ける、野球でもっともスリリングな場面である。

 「サヨナラスクイズ」という言葉がないアメリカが、気の毒である。ぜひ、この用語を逆輸出したい。

 サヨナラ。素敵な言葉である。