古文単語(1)「かしこし」と「かたじけなし」 | ことのは学舎通信 ---朝霞台の小さな国語教室から---

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 canとbe able toを、どちらも「できる」だから同じだ、と学校で教えられた、ということを昨日書きました。

 「わたくし」と「オレ」を、英語では「I」だから同じだ、と教えているようなものです。

 「わたくし」を使うべき場面で、「オレ」は使えません。

 使い分けを知っていないと、コミュニケーションには使えない、テストのための知識になってしまいます。

 

 古文についても、語義や用法の違う言葉を、同じ現代語に訳せるから同じだと教えている、ということがよくあります。

 単語テストでは通用しても、読解には使えません。

 文章の内容を正確に理解するためには、語義・用法の違いが大事です。

 このブログでは、古文の言葉の違いについて、ときどき採り挙げて説明していこうと思います。

 高校生、大学受験生や、古文を読む方々の参考になれば幸いです。

 

 今日は、「かしこし」「かたじけなし」について。

 どちらも単語テストでは、「おそれおおい」と訳せば丸がもらえます。

 「おそれおおい」という同じ意味の単語だと覚えている高校生が多いのではないでしょうか。

 

 「かしこし」は、人間の能力が及ばないものに対するおそれおおい気持ちを表します。

 畏怖の念をともなう、おそれおおい気持ちです。

 神仏、天皇、聖人、相人などに多く用いられます。

 

①「昔、かしこき天竺の聖、この国にもて渡りてはべりける、西の山寺にありと聞きおよびて、」(竹取物語)

②「帝、かしこき御心に、倭相をおほせて、おぼしよりにける筋なれば、今までこの君を、親王にもなさせたまはざりけるを、」(源氏物語・桐壺)

 

 「かたじけなし」は、身分不相応でおそれおおい、という気持ちを表します。

 現代語では、恐縮という言葉がもっとも近いでしょう。

 「身分」によって人間に差がつけられていた貴族社会では、使用頻度の高い形容詞です。

 高貴な人を不相応に粗末に扱っておそれおおい、という場合にも、下賤な者が丁重に扱われておそれおおい、という場合にも用います。

 

③翁出ていはく、「かたじけなく、きたなげなる所に年月をへてものし給ふ事、極まりたるかしこまり」と申す。(竹取物語)

④「乳母のことはいかに」など、こまかにとぶらはせたまへるもかたじけなく、何ごともなぐさめけり。(源氏物語・澪標)

 

 例文③は、かぐや姫に求婚するために皇子、右大臣、大・中納言が竹取の家にやって来ることに対して、翁がおそれおおく感じている場面です。

 例文④は、田舎育ちの明石の姫君が光源氏からこまやかに気遣われていることに対して、母親の明石の上が恐縮している場面です。

 

 「かしこし」は、程度がはなはだしいときの強調表現として用いられているうちに軽く使われるようになり、普通よりまさっている、という意でも頻繁に用いられるようになりました。

 現代語の「かしこい」は、ちょっと頭がいい、という程度に使われます。

 

 「かたじけなし」は、現代ではほとんど使われなくなりました。「身分」の意識が薄い社会では、「かたじけなし」の出る幕はないのです。

 時代劇などでは、落ちぶれた侍や浪人が親切を受けて、「かたじけない」と謙虚なお礼に使っているのを目にすることがあります。