10年ぶりくらいの参拝となりました。
『 到津八幡神社 』
(いとうづはちまんじんじゃ)
ちょうど本殿上あたりに太陽があり、
綺麗な背景となってニヤリ😁
御祭神の『宗像三女神』は、
ご存知とは思いますが
宇佐神宮の『比売大神』と同神です。
なぜ、神社によって表記が変わるのか?
謎ですが。😅
ゴールドの文字が目を惹きました。
10年ぶりくらいの参拝となりました。
『 到津八幡神社 』
(いとうづはちまんじんじゃ)
ちょうど本殿上あたりに太陽があり、
綺麗な背景となってニヤリ😁
御祭神の『宗像三女神』は、
ご存知とは思いますが
宇佐神宮の『比売大神』と同神です。
なぜ、神社によって表記が変わるのか?
謎ですが。😅
ゴールドの文字が目を惹きました。
”最古で最強の開運祝詞”
”言霊の中では最高峰の祓い清め言葉”
と、されています↓↓
『 とほかみえみため 』
この祝詞の独自解釈をやってみました。😄
私の解釈では、
『新約聖書』との関連が濃いです。
それではスタート!
🛑 🛑 🛑
『 とほかみえみため 』
↑ ↑ ↑
これに当て字してみると
↓ ↓ ↓
『 父 神 得 身 与 』
これは端的に言うと、
『 神の受肉 』
っていう事だと思います。
『ため』には『与』を当ててみました。
『与』は「ため』とも読むらしい。
『与』の意味としては他に
と、とも(に)、
あた(える)、あづ(かる)、
くみ(する)
などいろいろあるようです。
これに関連していると思われる、
聖書の部分を引用します。
↓ ↓ ↓
わたしと父とは一つである
(ヨハネによる福音書10章30)
わたしが父におり、父がわたしにおられることを信じなさい。
もしそれが信じられないならば、わざそのものによって信じなさい。
(ヨハネによる福音書14章11)
わたしを見た者は、父を見たのである。どうして、わたしたちに父を示してほしいと、言うのか。 わたしが父におり、父がわたしにおられることをあなたは信じないのか。わたしがあなたがたに話している言葉は、自分から話しているのではない。父がわたしのうちにおられて、みわざをなさっているのである。
(ヨハネによる福音書14章9、10)
わたしを信じる者は、わたしを信じるのではなく、わたしをつかわされたかたを信じるのであり、また、わたしを見る者は、わたしをつかわされたかたを見るのである。
(ヨハネによる福音書12章44、45)
以上です。
自分でも意外な解釈となりました。
それではまた!😄
『ひふみ祝詞』の冒頭を独自解釈してみたら・・・
意外なことに気付きました。
取り組みのきっかけは、
マクドナルドでのレシート番号です。
” 123 ”
「ひふみよいむなやこと一二三四五六七八九十)」は古来の数字の読み方で「数霊の力」を意味し、同時に数霊は神秘とされる十種神宝(とくさのかむたから)を表します。(『金運大全』HP「ひふみ祝詞の全文の意味と現代語訳を解説」から引用
ヤー、ヤハ、ヤフ(Yah、Yahu)、またはジャー(Jah)は、聖書の神𐤉𐤄𐤅𐤄(ヤハウェ、ヤハヴェ、エホバ、ジャホービア)の短縮形で、唯一神を表す語。ハレルヤ(ヤハウェを賛美せよ)などの言葉のほか、エレミヤ、ヨシュア、イエス、イザヤ、ゼデキヤ、ネヘミヤなどの聖書に登場する王、預言者、ユダヤ人の名前に含まれている。(ヤハ-Wikipediaから引用)
それぞれの人物の本名=諱は、それぞれの人物の霊的な人格と結びついたものであり、その本名を口にするとその霊的な人格を操ってしまうと考えられていたのです。
だからこそ古代の日本では、本名=諱を呼ぶのは親や主君のみに許されることであり、それ以外の者が諱で呼びかけるのは極めて無礼であるとされていました。(千世noteから引用)