(ニュース記事より引用・画像お借りしました)

数十年に1度しか咲かないとされる「リュウゼツラン」が、岡山県玉野市で2株同時に開花しました。「リュウゼツラン」は1969年、日の出公園の開園にあわせて植えられたもので、そのうち2株が同時に花を咲かせたということです。花は生涯で一度しか咲かず、その後は枯れてしまうという、なんとも切ない「リュウゼツラン」。

貴重な花を楽しめるのは7月下旬ごろまでとみられています。

 

 

 

 

 

この場所は日の出公園で、2株同時に開花ということで、

注目してしまいました。

おめでたい感じがします!

これはきっと吉兆です!

😄

 

 

2026-06-25の記事『双頭蓮開花のニュースきたーーー!』では、

双頭のハスの話題でした。

 

なぜか2つセットで来ますね。

何かと楽しみです。

 

 

それではまた!😄

 

 

今年2026年(令和8年)の干支は、

丙午

 

大魔神』という映画三部作が公開された、

1996年(昭和41年)の干支も、

丙午

ちょうど60年前のことでした。

 

1966年4月17日公開    1966年8月13日公開    1966年12月10日公開

  

 

 

大魔神については以前記事にしました。

 

(2024-06-10の記事)

(2024-06-13の記事)

 

↓↓過去記事から引用 ↓↓

2026年はもしかして、

大魔神の年になるかもですよ。キャ〜

大魔神が3回登場するのでしょうか?

😅

 

早いもので、

あれからもう2年経ち、今まさに大魔神の年となっています。

キャ〜😅

 

記事にも書いたことですが、

映画から推測された、

大魔神の特徴を復習しておきたいと思います。笑

 

 

(過去記事から引用)

映画での大魔神は、

助けるべき人を間違って殺してしまうことはありません。

助かる人は、

どこにいても、何をしていても助かるようです。

 

 

この映画が何を言いたいのかですが、

因果応報、

カルマの法則、

っていう意味もあるだろうけど、

いつかは精算の時が来るよってことかな。

 

そして、

警告の意味もあったのではないでしょうか。

 

自然への畏敬の念を忘れ、

神仏への感謝を忘れ、

驕り高ぶる生き方をし、

人を見下す高慢な見方をする、

そんな人類への、

戒めとなる映画、

だったのではないでしょうか。

 

 

自分が人に対して成したことが、自分に返ってくる。

ただそれだけのこと。それも、倍返しで!😅

自業自得。

 

大魔神が報復に出た時、どんな報復となるのか、

記事から引用しておきたいと思います。

キャ〜〜〜!

😅

 

(以下、過去記事から引用)

 

「目には目を 歯には歯を」「倍返しじゃ〜!」

という勢いで大魔神は報復しまくる。キャ〜

武神像の破壊を命じていた殿さまは、

武人像の額に打ち込んだ鏨(たがね)を、

逆に大魔神から胸に打ち込まれ、

悲惨な最後となったのでした。キャ〜

 

 

火あぶりの刑を命じた武将は、

逆に大魔神に火あぶりにされ殺された。キャ〜

「目には目を 歯には歯を」の大魔神。

 

 

民を硫黄(いおう)の泉に投げ込んで殺していた武将は、

魔神の宝剣で胸を刺され、硫黄の泉に沈んでいった。

「目には目を 歯には歯を」倍返し以上の大魔神。キャ〜

 

 

 

大魔神の怒りの報復が、

どのように、

どんなタイミングで収束したかは過去記事に書いてあります。

 

 

最後に過去記事『⚡️ 大魔神のコトノハ ⚡️ から引用

 

神は救う

救うは神心

 

滅ぶことを恐れる者は

心に神は不在であり

恐れる心の その通りになる

神は救う

 

 

以上

 

 

それではまた!😄

 

 

坂東玉三郎

『 東京蜃気楼 

人間国宝であり世界に愛される稀代の女形・坂東玉三郎。彼が時代について、演技について、東京について、そして自分自身について語るドキュメンタリー。(1997年)

 

 

映画では、玉三郎さんの語りの場面が多いです。

いろいろな事を語られています。

めちゃ語ります。

 

一般人にはちょっと難しいですが、

私なりに参考になりました。

っていうか、

私がどこまで理解出来たかは分かりませんが。😅

 

人間国宝の玉三郎さん、

語られることも国宝級です。

 

 

そして、

映画を見ながら、

玉三郎さんの語りを聞きながら、

いろんなことを連想しました。

 

 

先に、

玉三郎さんの語りを3箇所引用させていただきます。

 

そのあとに、

私が連想したことを載せてみたいと思います。

私も語るぞ〜〜〜!😄

 

⇩⇩スタート⇩⇩

 

 

(映画から一瞬と永遠についての語りです⇩)

 

一瞬も永遠の思いになるし、人間が永遠だと思って作ったものも本当は一瞬なものかもしれない。だから、私はこの世の中に出てきて、いろんな感情を一瞬一瞬、移ろいながら表現し続けているんじゃないかなって思っているんです。

 

 

 

(映画から空間についての語りです⇩)

 

私は色々な空間から影響されて踊ってきました。

踊りというのはやはり空間を掴むといいますか、空間を動かすことがとても大切なことだと思います。空間を自分がどのように把握するかということですね。

私は舞台の空間にいつも入りながら、お客様と一緒に空間を共有したいんです。

つまり、私のエネルギーが、客席全体を回って踊ることによって、客席も踊っていく。

その次には、舞台と劇場全体が動き始めて、感情や想念が、客席や舞台の空間以外のところへ飛んでいくんです。

そのためには、空間を動かす集中力とエネルギーを自分の体の中に蓄えておかなければならないと考えて、いつも舞台に立っています。

私は空間を楽しむのがとても好きなのです。

 

 

 

(映画から男性性と女性性についての語りです⇩)

 

性を超越する、男性女性を超越するって事がどういうことか?

これは私なりの考えですけども、こんなふうに考えたらどうでしょうか。

宗教が出来上がる時っていうのは、多くは、女性が天から声を聞いて、自意識の部分ってのが無くなって、自分が何を喋っているか分からないような状態で神の声が聞こえてくるわけですね。そしてそれを、いわゆる自分を非常にコントロール出来る男性がその声を聞いて、そして、一般の人たちに伝えていく、ということがあるそうです。

 

しかしそれは人間が男性と女性に分かれてからの話ですけれども、まあこれは神話ですから分かりませんけれども、元々は神は両性具有だったというふうに言われています。

また、仏像なんか、観音様なんかではそういうことが元々形として残っていますよね。

 

そういう意味で、ある声を聞いてそれを且つ技術で伝える、それを人間ひとりでやる事が出来るのは、男性の力と女性の力を両方持っている人間がやり易い、という事が言えるんじゃないでしょうか。

ですから、乗り移る、乗り移ったものを自分の技術で制御して、分かりやすく一般に伝える、そういう意味で両方持っていた方が演者として、この世に居易い頭脳を持っている、魂を持っているというか、心を持っている、あるいはそういうに肉体を持っているというふうに解釈した方がいいんじゃないでしょうか。

 

 

 

 

以下、

過去記事も含め、私が連想したことなどです。

⇩ ⇩ ⇩

 

 

神には性差がなく、

非物質的で超越的であるように、

真の人間の自己もまたそうである。

 

(『マグダラのマリアによる福音書』より引用)

 

 

 

・・・

 

 

 

 

言葉は沈黙に

光は闇に

生は死の中にこそあるものなれ

飛翔せるタカの 虚空にこそ輝ける如くに

ー『エアの創造』ー

 

(映画『ゲド戦記』より引用)

 

 

 

・・・

 

 

(Wikipedia『太極図』より引用)

 

円環状に描かれ、内円中の空洞が太極を表し、円環内の黒白の色が陰陽両儀を表す。円環内を上下に貫く黒白の2線は、陰が極まれば陽が生じ、陽が極まれば陰が生じることを表し、円環全体で気が生生して息まず、永遠に循環することを示している。

 

 

 

・・・

 

 

(Wikipedia『太極図』より引用)

 

一番上の太極(=無極)から

陰陽五行乾坤男女万物と生成される過程が描かれている。

 

 

 

・・・

 

 

(Wikipedia『太極図』より引用)

 

 

この形をした太極図は、陰陽太極図、太陰大極図ともいい、

太極の中に陰陽が生じた様子が描かれている

 

 

 

・・・

 

 

(映画『国宝』のセリフから引用)

 

ホンマに日本一の歌舞伎役者にならはったね。

 

 

 

・・・

 

 

(2026-06-07の記事『映画『国宝』が予想以上に良かった!』より引用)

 

国宝級の人の人生って、

国宝級の辛酸を経験しながら、

国宝級の成功を経験しながら、

光と闇を含みながら、

神も悪魔も味方に付けながら、

善も悪も使役しながら、

ただひたすら自分のなすべき事をやる。

そうやって、

ただ精一杯生きて、

光に帰っていくのかな。

 

 

 

・・・

 

 

『 衆生無辺誓願度 』

(しゅじょうむへんせいがんど)

 

⇩⇩この動画の中で分かりやすく語られています⇩⇩

(2:50あたりから)

密教の秘伝「即身成仏」とは? 土居夏樹先生3

(動画から引用しました)

大乗仏教の修行者達は、修行に入る時にある誓いを立てます。

「全ての人を苦しみから救うまで、自分はこの苦しみの状態から抜け出さない」っていう誓いを立てます。

苦しみの世界から解脱して(出て)しまうと人々を助ける事ができないから?

そうですね、解脱してしまうともうその苦しみのサイクルの中にはいないわけですから救えなくなってしまう。だから、大乗仏教の修行僧達は、全ての生きとし生けるものがこの状態から抜け出すまでは自分はこの状態(輪廻の中にいる)に居続けるという誓いを立てます。衆生無辺誓願度という誓いになるわけです。

 

 

・・・

 


『 天上天下唯我独尊 』

(てんじょうてんげゆいがどくそん)

 

天上天下唯我独尊〜尊き我に目覚める〜

(動画から引用しました)

自分を見失いがちになっても、きっと私には、私のこの世での役目があり、私も人々の生きる力になっているという事を忘れないようにしたいものです。・・・

『天上天下唯我独尊』天にも地にも一人なる尊き我に目覚めましょう。

 

 

 

以上です。

 

 

太極図を3つ載せましたが、

太極図はどれも、

『 太極(=無極)+ 陰陽両儀 』で出来ています。

例えば、この『陰陽太極図』、

 

 

これも『陰陽』だけではなくて、

太極の中に陰陽が生じたということで、

『 陰陽太極図 = 陰陽両儀 + 太極 』

 

 =  + 

 

 

何が言いたいかというと、

 

女形を演じる男性の玉三郎さん=陰陽両儀、

玉三郎さんが語る空間=太極

つまり、

玉三郎さん=陰陽太極

 

こんな連想に至ったのでした!

 

”一瞬も永遠の思いになる”

 

そう語っていた玉三郎さん。

太極(=無極)という永遠を表現されている、

そう感じました。

 

そしてまた、

太極は全てを含んでいるでしょうから、

赤子のような自分も居て、

老人の自分も居て、

つまらないダメな自分も居て、

崇高な自分も居る。

 

それでいいんだと思います。

 

玉三郎さんの人生に感謝いたします。

 

 

 

それではまた!😄