最近、

聖徳太子関連の記事が続いています。

 

4/29 夢殿『救世観音菩薩』<春季特別開扉>

4/30 中宮寺の微笑み像『如意輪観音』

5/1 法隆寺:聖霊院秘仏本尊『聖徳太子像』

5/3 四天王寺4月22日は『聖霊会』

 

 

今日の記事もまた聖徳太子!😄なんでやねん!

 

 

聖徳太子御廟所

上之太子 叡福寺

(大阪府南河内郡太子町太子)

(2026.04.22撮影)

 

(境内の案内板より引用)

 

 

『 南大門 』

 

 

 

『 聖徳太子御廟所 』

 

(境内の案内板より引用↓↓)

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↓ 叡福寺境内 ↓

 

 

境内はけっこう広いです。

左上の山中にある『五字ケ峰』にも行きました。

 

五字ケ峰の『 宝篋印塔 』

 

 

(境内の案内板より引用↓↓)

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(↑↑の一部)

太子は御臨終にあたって諸王子達に「諸悪莫作、衆善奉行」という佛教の根本義を以て遺言とせられた。

(注)もろもろの悪を作ることなく、もろびとよ善を行いなさいという意。

(七仏通戒偈)

 

 

最後は、

叡福寺のある太子町のマンホールです。

↓ ↓ ↓

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🙏

叡福寺とのご縁に感謝いたします!

 

 

それではまた!😄

 

 

四天王寺』では、

4月22日は『聖霊会』の日でした。

 

(四天王寺HPより引用)

聖霊会

4月22日 12時30分~

毎年4月22日、聖徳太子の命日を偲んで行われる、四天王寺の行事の中でも最も重要で大規模な法要です。千四百年の歴史を持つ聖霊会は、四天王寺一山式衆の声明法要と天王寺楽所による舞楽が一体となった古の大法要を今に伝え、特に四天王寺聖霊会の舞楽は国の重要無形民俗文化財の指定を受けています。豪華絢爛な絵巻を彷彿とさせる舞楽を無料で鑑賞していただけます。

 

 

亀の池にある『 石舞台 』

(2026.04.22撮影)

 

 

『 五重塔 』
 
 

『絵堂第四面の聖徳太子絵 』

(四天王寺HPより引用)

 

 

 

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『 聖霊院太子殿 』

 

 

 

 

『太子奥殿』

 

 

最後は『 金堂 』です。

内部は撮影禁止なので、画像お借りしました。

 

(『ええやん!大阪商店街』HPから画像引用)

 

『 金堂 』

(以下、四天王寺HPから引用)

聖徳太子のご本地仏である救世観音をお祀りし、四方を四天王が守護しています。毎日11時より舎利出しの法儀が厳修されます。南無仏のお舎利を以て、ご先祖のお戒名(霊名)が書かれたお経木にあてられ、又参詣者の頭にあててもらおうと多くの信者さんが参詣されます。

基壇下の青竜池より、白石玉出の清水が湧いており、この水を亀井堂に引いていると云われます。内壁には中村岳陵画伯筆の仏伝図が描かれています。

 

↑ ↑ ↑

基壇下の青竜池より、白石玉出の清水が湧いており、この水を亀井堂に引いていると云われます。

 

また青龍が出てきました。

四天王寺にも青龍です!

 

(↓2026.04.27に載せた青龍に関する記事↓)

 

 

四天王寺亀井堂↓↓

(『NAVITIME Travel』HP、『毎日新聞』HPより画像お借りしました)

 

亀井堂の霊水は金堂の地下より、湧きいずる白石玉出の水であり、 

回向(供養)を済ませた経木を流せば極楽往生が叶うといわれています。

(四天王寺HPから引用)

 

 

水って神秘!!です。

 

 

 

金堂『救世観音』

この基壇下に青竜池白石玉出の清水が湧いている。

救世観音青龍

ということだろうと思います。

 

 

🙏

ご縁に感謝いたします!

 

 

↓『四天王寺』の過去記事。↓

 

 

それではまた!😄

 

 

『 法隆寺 』南大門から入ったところです。

↓ ↓

(2026.04.21撮影)

 

中門が近づいてきます。

↓ ↓

 

 

『 広隆寺 』五重塔と中門

 

 

今回メインにお伝えしたいのはここ

↓ ↓

聖霊院

聖霊院

聖徳太子信仰の高揚にともなって、聖徳太子の尊像(平安末期)を安置するために、東室の南端部を改造したのがこの聖霊院です。内部には三つの厨子があり、中央の厨子にはご本尊の聖徳太子の尊像、向って左の厨子には太子の長子・山背大兄王や兄弟皇子の殖栗王の像、右の厨子には太子の兄弟皇子・卒末呂王や高句麗僧・恵慈法師の像(いずれも国宝)が祀られ、毎年3月22日のお会式(御命日法要)の時に扉が開かれます。

 

聖霊院の内陣、奥の唐破風(からはふ)を付けた見事な厨子には、摂政像あるいは勝鬘経講讃像と言われる聖徳太子像が安置されています。笏を両手で持ち、豪華な冠を付ける正装のお姿です。

 

(法隆寺HPから引用)

 

 

 

ご本尊の聖徳太子の尊像・・・毎年3月22日のお会式(御命日法要)の時に扉が開かれます。

 

ということなので、機会があれば実際見てみたいです。

 

 

綺麗な画像見つけたので載せておきたいと思います。

↓ ↓ ↓

以下『東京国立博物館・1089ブログ』から引用

 

『 聖徳太子坐像 』

・・・注目したいのは口元です。彫刻の参考となった図像を伝える「聖徳太子像(水鏡御影)」では口を閉じていますが、このお像はわずかに口を開いています。これは聖徳太子が仏の教えを述べているところを表しているのですが、何故そう言えるのかというと、体内に仕掛けがあるのです。
この像の体内には飛鳥時代に作られた観音菩薩立像が納められており、その頭の位置がちょうど太子の口元にくるように工夫されています。つまり聖徳太子が観音菩薩の化身として仏法を説かれているという姿なのです。

この像の体内にはまた「法華経」(ほけきょう)、「維摩経」(ゆいまきょう)、「勝鬘経」(しょうまんぎょう)という特に太子が重視したお経が納められており、まさにその教えを説いていることを示しているのでしょう。これに関してもう一つ面白いのが、ジャラジャラと飾りが垂れた冕冠(べんかん)というものを太子が被っている点です。「聖徳太子像(水鏡御影)」にはなかった冕冠ですが、これは太子が「勝鬘経」という女性を主人公としたお経を解説する姿を表わした「聖徳太子勝鬘経講讃図」(しょうとくたいししょうまんぎょうこうさんず)に必ず表わされているものなのです。

 

 

 

『 如意輪観音菩薩半跏像 』

このお像、実は聖徳太子の「ほんとうの姿」として信仰されてきました。聖徳太子は少なくとも平安時代には観音菩薩の化身(けしん)」・生まれ変わりとして信仰されるようになり、特に大阪・四天王寺の本尊がその観音菩薩であるとされました。四天王寺の本尊は救世観音(ぐぜかんのん)や如意輪観音と呼ばれ、太子信仰の中心に位置しましたが、中世なって失われ、いまは昭和の再興像が安置されています。
法隆寺の「如意輪観音菩薩半跏像」はまさにこの四天王寺本尊を平安時代に写し取ったものであり、現存最古の模刻像として重要な作品です。聖徳太子は観音菩薩の化身である。そうした信仰上のイメージが太子信仰の基本としてあります。

 

以上『東京国立博物館・1089ブログ』から引用しました。

 

 

 

🙏

法隆寺とのご縁に感謝いたします!

 

 

それではまた!😁