皆様にも好きな詩集など
ございますでしょうか?



私は西條八十の

「僕の帽子」が好きです。

かつて俳優の松田優作さんが出演され
話題となった「人間の証明」という映画の中で
出てくる西條八十の詩集です。



この詩集を読むと幼い頃の少年と母親との
一時の思い出が少年にとって忘れられぬ日と
なっているのだと感じます。




夏が、もうすぐ終わります。



この詩集を読んで皆様も子供の頃の
あの忘れぬ日を懐かしく思い出してみて下さい。




   

『ぼくの帽子』

  母さん、僕のあの帽子、どうしたんでせうね?
  ええ、夏、碓氷から霧積へゆくみちで、
  谷底へ落としたあの麦わら帽子ですよ。



  母さん、あれは好きな帽子でしたよ、
  僕はあのときずいぶんくやしかった、
  だけど、いきなり風が吹いてきたもんだから。



  母さん、あのとき、向こうから若い薬売りが来ましたっけね、
  紺の脚絆に手甲をした。
  そして拾はうとして、ずいぶん骨折ってくれましたっけね。
  けれど、とうとう駄目だった、
  なにしろ深い谷で、それに草が
  背たけぐらい伸びていたんですもの。



  母さん、ほんとにあの帽子どうなったでせう?
  そのとき傍らに咲いていた車百合の花は
  もうとうに枯れちゃったでせうね、そして、
  秋には、灰色の霧があの丘をこめ、
  あの帽子の下で毎晩きりぎりすが啼いたかも知れませんよ。



  母さん、そして、きっと今頃は、今夜あたりは、
  あの谷間に、静かに雪がつもっているでせう、
  昔、つやつや光った、あの伊太利麦の帽子と、
  その裏に僕が書いた
  Y.S という頭文字を
  埋めるように、静かに、寂しく。