「ことば」を否定することは 「思い」を否定することと同じことなのです★★
「ことば」と「思い」
本来 「ことば」は そのまま「思い」を表す「伝達」の道具です。
「ことば」と「思い」は 常に 同じもの
「思い」を表現するために 「ことば」は 存在するのです。
でも 少しづつ 大人になっていくうちに
「思い」とは違う 「ことば」というものが また生まれてくるものです。
こどもたちには 「ことば」と「思い」をつなげていく機会を増やしてあげましょう。
僕は こどもたちに ことばを使ってもらうときに こころがけていることが
ひとつだけあります。
それは 「思い」をそのまま 「ことば」にすることです。
悔しかったり 悲しかったり 人を恨んだり
いじめたくなる気持ちがあったり 人に仕返ししたくなる気持ちがあったり
嬉しさも悲しさも
そのまま 「ことば」にしてもらいます。
「あいつ ぜったいゆるせない こんどは ぶったたいてやる!!」
そんなことばを聞いたら
「なんてことを 言うの!!」と 叱るのは ごくごく当然のことです。
でも それでも ちゃんと「ことば」として「表現」できたことは
本当は 大切なことなのです。
こどもの頃 常に 「思い」と「ことば」がつながっていると
大人になって 生きていくことが 楽になるのです。
「思い」を「ことば」で表現できなくなると
どんどん 自分自身が「わからない存在」になってしまうからです。
「こんなことを言ってるけど 本当の気持ちは 違うんだ」
そんな思いを積み重ねていけばいくほど
「本当の自分」と「もうひとりの自分」が くっきりと分かれはじめます。
本来 「本当の自分」しか存在しないのです。
こどもたちが 汚いことばや怒りを表現したときには
それは 大切なことなんだと気づいてあげましょう。
「ことば」は 強引に変えることは できます。
でも「思い」は 力ずくでは 変えることは できません。
「思い」が変われば 「ことば」は かならず変わります。
「思い」を変える方法
それは 「ことば」を否定しないことなのです。
「ことば」を否定することは
「思い」を否定することと同じだからです。
(げんき)