ボーイフレンドと彼氏と男友達 | ことばの魔法 ことばのチカラ~ことば探検家ひろが見つけたコトバと人間

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ことばに宿る、不思議なチカラ。
人間の言語習得やコミュニケーション能力の奥深さはまだ解明されていないけれど、とんでもなくおもしろい。
気づいたら私のコトバ探検は本格化されていた。

「英語で『Boyfriend』っていうと、体の関係のある相手のことを言うんだって」

確か私が中学か高校生くらいの頃、母が言った。
衝撃だった。


 え?!
 『Boyfriend』って『彼氏』のことじゃないの?
 体の関係がないと『Boyfriend』って言わないの??


疑問を感じるが、その疑問がうまく母に伝わらない。


 じゃあ体の関係のない彼氏のことは何ていうんだろう?


そんな疑問も、解消されることはなく。
学校で友人に問いかけても、イマイチ確実な答えが返ってこなかった。

一体どういうことなのか。

母の言うことが真実なら、英語圏の人たちは「He is my boyfriend.」と言った時点で、2人の間に肉体関係があることを公言していることになる。
そんなこと、本当にあるのだろうか?

その疑問は結局何年も解消されず、疑問は疑問のまま私はオーストラリアへ渡った。
26歳のときだ。


当時婚約中だった私は、まぁそれなりにいい大人。
大好きなホストマザーと出会い、楽しい毎日を送っていた。

そんなある日、ホストマザーはじめ何人かのネイティブに囲まれた会話の中で、私は長年疑問に思っていたことを問いかけた。


 「『Boyfriend』って、必ず体の関係があるっていうことなの?」


一瞬息をのむホストマザー。


 あれ?
 何か私、変なこと聞いちゃった?


日本とは異なり、オーストラリアはキスやハグが日常の国。
そうは言っても、必ずしも性に対してオープンとは限らない。

でもこの頃の私は、そんなことわかっていなかった。
すべてに対してオープンだと思い込んでいたのだ。

 「えーと…」

戸惑いながら答えてくれるホストマザー。

 「そんなことないけど…」

何となくまわりくどい。
とはいえその返答内容は、母の言うそれとは違っていた。


 あれ?

 じゃあ母の言っていた『Boyfriend=体の関係のある相手』とは一体何だったのだろう?


「そんなことはない」ということはわかったものの、結局私の中には疑問が残ったまま、その会話は終わってしまった。

母が嘘をついたとは思えない。
だって彼女自身はそれを完全に信じきって私に伝えてきたのだから。



しばらくして、私は唐突に母の誤解と思い込みを理解した。

母は『Boyfriend』を『男友達』と認識していたのだ。
男の友達。
つまり『Boyfriend』。

でも実際のところ、ただの男友達のことを『Boyfriend』とは言わない。
『Boyfriend』と言われれば、それは『恋人』であり『彼氏』を指している。

つまり最初から私の中にあった『Boyfriend=彼氏』という感覚は、間違いではなかったのだ

『Boyfriend』が意味しているのは『恋人』や『彼氏』。
でも母はその区別をせずに『体の関係』というキーワードだけをどこかから拾ってきたようなのだ。
しかもおまけに彼女自身は『Boyfriend』という言葉を『男友達』という感覚で使っていた。

だから母は平気で英語圏の人に
「娘のボーイフレンドがね…」とか
「彼は娘のボーイフレンドの1人なんだけどね」なんて言ってしまう。

当然私はそれを耳にするたびに、違和感と不快感を感じていた。


 なんか…誤解されないといいなぁ
 彼氏がたくさんいて遊びまくってるんだと思われたら嫌だなぁ


なんて。
高校生の私にとっては、切実な問題だった。

要するに『彼氏』を意味する言葉なのだから、そこに体の関係があろうとなかろうとそれは関係ない。
もちろん周囲にそんなことを公言しながら歩いているわけでもない。
「私のBoyfriendがね…」と言えばそれは、恋人のことを指しているというだけのことだった。


 あーあ、まったく…
 人騒がせな。


こんな戸惑いを私は10年…いや、もっとかな?
10数年抱えて過ごしていた。

答えがわかってしまえばなんていうことはない。
笑っちゃうような誤解と思い込み。

でも答えが解けるまでのモヤモヤは、それはそれは気持ちの悪いものだった。



ボーイフレンドと彼氏と男友達。

世代間認識のギャップもあるのかもしれないけれど。

こうして私の『ボーイフレンド事件』は幕を閉じたのだった。