オーストラリアのメルボルンにあるハイスクールで、日本語クラスのボランティアをしたことがある。
日本の高校2年生(だったかな?)に相当するクラスの先生は、学生時代に日本に留学したことのあるオーストラリア人女性。
かなり日本語が堪能で、面倒見のいい素敵な女性だった。
ある時私は、学生の作文添削を手伝っていた。
「あの…この『音楽屋』って何でしょう?」
見慣れない日本語に「?」マークが飛び交う私の頭。
「Music shop。音楽屋さんでしょ?言わないですか?」
先生の答えに、私は目から鱗だった。
Music shop!!
確かにそのまんま訳せば『音楽屋』だ!
うまい!!(笑)
学生はごく真面目に書き、先生も真剣にたずねている。
決してウケを狙っているわけではないのだけど、私は妙な納得をすると共に感心してしまった。
「じゃあ何て言いますか?」
答えようとして、はたと思った。
さてこの質問…
あなたなら何と答えますか?
私はとっさに、その単語が思い浮かばなかった。
日常会話を思い出す。
「ちょっとタワレコ行ってくる」
「HMVに行きたいんだけど」
私たちはこんな風に、「ショップ名=CDを販売しているお店」として、それらをMusic shopの代名詞的に使っていることに気がついた。
ちなみにこの2002年当時、私の地元にあった“音楽屋さん”は『山野楽器』だったので、私にとっては「CDを買ってくる=山野楽器に行ってくる」だった。
例えばもし、誰かが
「この近くに『タワレコ』ありますか?」
と尋ねたとする。
本人が『タワレコ』と言っていたとしても、話の脈絡から
「CDが売っているお店であればいい。
タワーレコードにこだわっているわけではない」
ということがわかれば、
「『HMV』ならあそこにありますよ」
と答えることができる。
そこではすでに、『タワレコ』や『HMV』がMusic shopを表す日本語になっているということだ。
ただ、これをオーストラリア人に伝えるのはなかなか難しい。
回りくどい説明が必要な気がするし、ましてや私の英語力ではそこまでカバーすることはできなかった。
さてどうしよう…
頭を悩ませながら、私はひとつの答えを導きだした。
「『CDショップ』…かな?」
するとすかさず、彼女はツッコミを入れてきた。
「それは英語でしょ!!」
ええええええっ!!?
そ…そうか……、そ…うか?
確かにshopは英語だ。
彼女の言っていることは間違ってはいない。
でも、たぶん私の言っていることも間違ってはいなかった。
日本語には外来語というものがある。
(日本語ではない言語にももちろんあるけれど)
広辞苑によれば、外来語とは
『外国語で、日本語に用いるようになった語。狭義では漢語を除く。伝来語』
とある。
私たち日本人はそれらをカタカナで表記し、日常の中にとけ込ませている。
そして今や私たちは、同じもの(または似たようなもの)を表す日本語があるにも関わらず、日本語と外来語の言葉を無意識に使い分けていることが多々ある。
たとえば「喫茶店」と「カフェ」
たとえば「洋食屋」と「レストラン」と「イタリアン」
何となく、どんな雰囲気のものを指しているかが、日本人ならイメージできるだろう。
このようなこともあって『CDショップ』は、ごく普通の日本人である私が思いついた言葉としては外してはいなかったと思う。
『レコード屋さん』だと、また意味合いが変わってくるし。
けれど彼女からは鋭いツッコミがきた。
「う…ん、でもそう言うと思うけど…」
ネイティブなのに…
日本語ネイティブなのに、弱気になる私。
彼女は首を傾げ、結局心からの納得を得ることはないまま、その話は終わったのだった。