シドニーのお寿司屋さんには、前出の彼の他にも
現地で生まれ育っている日本人の女の子がいた。
彼女のところもやはり両親は日本人。
でも彼女の第一言語は英語。
私は作る側、彼女は売り場側にいたので
ほとんど話すチャンスがなかったのだけれど
ひとつ、おもしろい話を聞いた。
そのお寿司屋さんの店長の奥さんの話によると
その女の子のご両親は英語が上手だという。
おそらく、日常的には何も困ることがないくらい。
でも彼女は一刀両断に言ってのけた。
「カタイんですよね~!」
なるほど。
英語ネイティブの彼女からしてみれば
彼女のご両親の“勉強した英語”はどこか不自然。
どこかカタイということだ。
なるほど。
これは、日本人はまったく使わない教科書的な日本語や
不必要なところで妙に「ですます調」を織り交ぜられるような日本語で
話されたときに感じるようなものかなと予想してみた。
おもしろい。
日本で生まれ育つと、基本的にまわりにあるのは日本語のみ。
親も自分も日本人で、そこでのみ暮らしているのであれば
「親の日本語がカタイ!(日本人の日本語らしくない!)」
なんていう感覚は永遠に持つことはない。
10年後、メキシコからやってきた男の子にこの話をしてみた。
彼のお母さんは日本人。
お父さんはメキシコ人(ただし、お父さんの両親は日本人)。
彼の母国語は当然スペイン語。
ちなみに心もメキシカーノ!
すると彼は心底彼女に同意していた。
「そうなんです!僕のお母さんのスペイン語もカタイです!」
なるほどね~。