メグビーメールマガジンVol.121
【ウイルス感染症について】
・新型ウイルスの出現
ウイルス(Virus)という語は、もともとは“病毒”という意味でした。ウイルスの種類は多く、大きさや形や遺伝物質のちがい(DNAかRNAか)はいろいろであり、また感染する相手(宿主)に特異性があります。宿主として動物を選ぶものがあり、植物あるいは 細菌に感染するものもあります。動物ウイルスはまた、昆虫、無脊椎動物、脊椎動物に分かれます。宿主が異なるのは、その細胞表面の分子に適合する感染用のタンパク分子をもっているか否かによるので、それが変化した場合、新たな宿主に感染するようになります。
・ウイルスの生き方
ウイルスの基本のつくりは、核酸を芯としてタンパク質のコートで包み、種類によってはその外側に被膜をもつというものです。生物のからだは細胞を単位として成りたっていて、その内部に遺伝子を備えていますが、ウイルスは細胞という構造体をもっていません。生物の生きる営みは代謝(物質交代とエネルギー産生)に支えられ、タンパク質の合成により保障されていますが、ウイルスはタンパク合成装置ももっていません。
ウイルスは宿主の細胞にはいりこんで、そこにあるタンパク合成装置や、材料となるアミノ酸や必要なエネルギーまでを横どりしてしまいます。遺伝情報もウイルス自身のものを使わせます。自己の増殖のための遺伝子もまた、宿主がもっているヌクレオチドでつくるのです。もぐりこんだ細胞のなかで、大量に遺伝子をふやし、自己用のタンパク質とで組み立てた子ウイルスを完成させ、細胞の外へ旅立たせてやります。その結果、宿主細胞はアポトーシスへの運命をたどることになってしまいます。
・ウイルスの感染
ウイルスが特定の細胞を識別して感染するとき、標的細胞の細胞膜表面にあるレセプター(受容体)が手がかりになります。
細胞膜上には、いろいろな糖タンパクや糖脂質が配置されており、情報分子(ホルモンなど)や物質の受けとり口として、また自己と非自己を区別する目印として機能しています。
ウイルスは、そのなかから、決まったレセプターを見わけて結合します。この段階をウイルスの吸着といい、感染の第一歩となります。はいりこんだウイルスがさかんに増殖すると、宿主細胞は多くの場合死んでしまいます。
細胞が死ぬと、ウイルスは周辺の細胞へと移り再び増殖し、やがて組織に変性を生じさせます。この状況がつづくと、感染された組織や器官はこわされ、機能しなくなってしまいます。
一方、生体の側では、ウイルスをなすがままに放置しないための防御機構が働き、それに対抗します。
その手段は、ウイルス増殖抑制因子インターフェロンの放出や、免疫担当細胞の活動開始です。
・持続感染
ときには感染した後ウイルスは潜伏し、細胞が生きつづける場合があります。潜伏しているウイルスは、きっかけがあれば勢力を拡大します。慢性肝炎やヘルペス(単純性疱疹)などの身近な病気が、原因ウイルスの持続感染で発症します。
ウイルスがつねに検出できる状態を持続感染、感染しているが検出できないものを潜伏感染といいます。
・局所感染
感染ウイルスの種類によって、障害が局所にとどまる場合と全身にひろがる場合とがあります。風邪はもっともありふれたウイルス感染症です。風邪の原因となるウイルスは、アデノウイルス、ライノウイルス、コロナウイルスなどで、上気道に感染します。
ウイルス侵入場所は、気道の粘膜であり、局所的な組織の破壊がおこります。潜伏期は短く急性に発症します。このとき侵入したウイルスの数が少なく、破壊された細胞数が少なければ、症状はあらわれません。
(不顕性感染)
単純ヘルペスウイルスは、口内炎や口唇ヘルペスや外陰部ヘルペスを発症させますが、これも局所感染です。ロタウイルスによる小児伝染性下痢症もこの仲間にはいるでしょう。
・全身感染
ウイルス感染が局所にとどまらず、他の組織や臓器にひろがって増殖し、病状があらわれるようなとき、全身感染といいます。ウイルスは、血流によってひろがるばかりでなく、神経を伝わってゆくものもあります。
狂犬病ウイルスは、かみ傷からはいり神経内部を移動して、脳へ達することが知られています。血中にはいったウイルスが脳へはいりこむには、血液・脳関門を突破しなければなりません。
日本脳炎ウイルスは、血管内皮細胞内で増殖して脳に病状をひきおこすとされています。気道や腸管の粘膜は、しばしばウイルスの侵入口になります。局所で増殖したウイルスは、ついで近くのリンパ節に流れついて、そこでも増殖します。
生体防御の効果が及ばなかったとき、ウイルスは感染の場をひろげてゆくことになります。
血流で運ばれて肝臓などの最終標的臓器へたどりつき、そこで増殖をはじめる頃には、ウイルスの数は著しくふえています。こうして発症というわけです。
・ウイルスの変身
ウイルスが感染したとき、生体は免疫のしくみを発動させます。免疫システムによって、侵入した病原体への抗体をつくり、記憶し、次の侵入に備えます。
例えば、インフルエンザは、多くの人が過去に感染し、免疫記憶をもっているにもかかわらず、毎年、流行をくり返します。その理由は、ウイルスの主要な抗原(前記の糖タンパク)が変異して、免疫反応を封じてしまうためです。
この抗原タンパクの変異で、それまで感染しなかった宿主を標的とするように変化した新しいタイプになる場合もあります。
・生体の対応
生体はウイルスの侵入に対して、インターフェロンや抗体やNK(ナチュラルキラー)細胞などで立ちむかいます。インターフェロンは、“ウイルス干渉因子”とよばれる糖タンパクで、ウイルスに感染した細胞がつくり分泌します。
インターフェロンに接触した無傷の細胞は、抗ウイルスタンパクをつくって、ウイルスの増殖をはばみます。はじめてのウイルス感染により、抗体(免疫グロブリン)がつくられ、記憶される結果、二度目の侵入に対しては、すばやくかつ大量に抗体産生がおこり、感染を抑えることができるのです。抗体はウイルスの表面に結合して、細胞への吸着をさまたげたり、細胞内へはいることを許しても遺伝子(DNAやRNA)を体外へ出せなくさせたりして、増殖を阻止します。(ウイルスの中和)
・免疫システム
免疫システムには、液性免疫と細胞性免疫とがあります。液性免疫は、B細胞が担当し、細胞性免疫の主役は、T細胞です。
細菌やウイルスがもっているタンパク質を見わけ、それに特異的に結合するタンパク質を作用させて無力化してしまうのが液性免疫で、前者のタンパク質 を“抗原”、後者を“抗体”といいます。抗体はガンマ(γ)グロブリン※1というタンパク質で、血液に溶けこんでいます。B細胞が抗体づくりを担当しますが、抗原を自分でみつけることはできません。
まず食細胞マクロファージが標的をこわし、その一部に自己の印(主要組織適合抗原※2、MHCII)を添えて提示します。この情報がヘルパーT細胞を介してB細胞にとどけられ、抗原・抗体反応がはじまります。
ウイルスが感染したことが示されると、細胞傷害性T細胞はただちに「パーフォリン」というタンパク製の武器で感染細胞の膜に孔をあけ、殺してしまうという手段をとります。“パーフォ“は孔の意味でこの命名になりました。
インターフェロンという名は、ウイルスの増殖に干渉(インターフェア)するという意味でつけられました 。
インターフェロンはサイトカイン※3の一種で、ウイルスが感染した細胞が分泌し、周辺の細胞に“ウイルス侵入”の警報を伝えます。
インターフェロンは、細胞に各種のウイルス増殖抑制タンパクをはたらかせるようしむけるのです。抑制タンパクは、遺伝情報の翻訳作業に役割をもつ補助因子にリン酸をつけて、そのはたらきを邪魔するなどしてウイルスの増殖を阻止します。
インフルエンザウイルスのなかには、インターフェロンづくりをさまたげるタンパク質をもつものもあることがわかってきました。
スペイン風邪ウイルスを用いたサルの実験では、インターフェロンや、それに関連する遺伝子の発現が抑えられていたという報告があります。
※1)ガンマグロブリン
Igと略記。脊椎動物でみられる進化した免疫反応を担うタンパク質。
5種のグループ(A、D、M、G、E)があり、一番多いのはIgG。IgEは、アレルギーに関係している。
※2)主要組織適合抗原
ヒトではHLA(白血球型抗原)
※3)サイトカイン
細胞と細胞の間で、情報を伝達するために分泌される分子。インターロイキン(1から33まである)やTNF(腫瘍壊死因子)など
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