チアミンと呼ばれるビタミンB1

三石巌:全業績-15、DNAとメガビタミン、より

 ビタミンB1の生理作用の第一は、エネルギー代謝におかれるだろう。生体のエネルギーは、筋肉を動かすために必要であるばかりでなく、すべての代謝にとって必要なのである。ビタミンB1は、ある意味において、生命をにぎっている。ビタミンB1は、すべての細胞のミトコンドリアで働いているのだ。

 ワールブルクのビタミンB1に関する考え方は、そのエネルギー代謝にかかわってくるが、結局は、ビタミンB2やニコチン酸(ナイアシン、B3)とともに、抗がん作用をもつビタミンとして位置づけることになる。

 ビタミンB1の作用は、クレプスサイクル(クエン酸回路)中心のものばかりではない。その例としておもしろいのは、第二次大戦中、シンガポールのチャンギ収容所におしこめられた、
イギリスやオーストラリアの将校にみられた現象である。ここで、栄養と健康管理とを担当した、クルクシャンク・ブルゲスの二人の医師の、詳細な報告がのこっている。 

チャンギ収容所では、数千人の脚気患者がでた。そのうちのインテリ400名を選んで、3年間の追跡調査をしたのであった。対象者の大部分は、一日8~12時間の重労働をやらされていた。

食事は、白米のかゆが主であった。患者には、イライラ、居眠り、物忘れ、他人の足を引っ張るなどがみられた。この現象は「チャンギメモリー」とよばれるようになった。これは、エンセファロパチア(潜在性脚気)の症状である。

 戦争がすんで、それぞれが本国に帰り、食生活がもとにもどると、チャンギメモリーという名の物忘れ傾向は消えた。そこで例の2人の医師は、以前に調査した対象者のうち有志の人を集めて、白米のかゆと中心とする戦時中の食生活を試みた。すると、予想通り、エンセフェロパチアが再発した。ビタミンB1の欠乏だ。

 脚気という病気は、4500年前から中国で知られていた。これは、米を主食とする地域に広くみられる。エイクマンが、ジャワの刑務所で、脚気患者の割合が、玄米食なら1000万人に1人、白米食なら3900人に1人、という実験データを発表したのは20世紀の初頭であった。彼は、米糠によってこれの治療ができることを発見していた。

 米糠や酵母から、「抗脚気因子」を分離した人はフンクである。この物質にビタミンという名をつけたのもフンクであった。

 ところで、ビタミンB1は、神経機能を正常に保つのにも不可欠な物質である。これが欠乏すれば、さまざまな神経障害がおきてくる。主な症状としては、筋力の低下、皮膚感覚の消失、足のしびれ、心臓の肥大などから、エンセファロパチアまでがあげられる。 

 わが国では、食生活の改善によって、ビタミンB1不足はない、と考える人が多いが、それが虚構であることを示す事実が、数年前にみつかった。スポーツをする高校性に、エンセファロパチアが広くみられたのである。

インスタントラーメンや清涼飲料など、ビタミンB1をふくまない飲食物にカロリーを仰いでいる食生活のツケといってよい。

 例のチャンギで、収容後1ヶ月以内に脚気になった人が3人いた。この3人は、例外なくアルコール中毒患者であった。アルコール中毒の場合、ビタミンB1の欠乏がついてまわっているのだ。

 慢性アルコール中毒には、ウェルニッケ脳症がしばしばみられる。これは強度のビタミンB1欠乏症による病気であって、意識障害、運動失調、眼球振盪、呼吸障害、視力障害、末梢神経障害などを特徴とする。ひどくなれば、筋無力症、作話症、言語障害、頻尿、起立性低血圧などが併発する。要するに、ビタミンB1の欠乏は、さまざまな形の神経障害をおこすのである。これをさして、ビタミンB1には、「抗神経炎作用」があるという。脚気の本名は、「多発性神経炎」である。

 多発性神経炎で死にそうになっているネズミにビタミンB1の大量注射をすると、30分以内で元気をとりもどす。この段階では、神経に炎症はあっても変性はないが、ひどくなると、変性や壊死にいたる。

 なお、この壊死の動物の脳をしらべると大量の乳酸が発生している。ビタミンB1の大量注射をすれば、この乳酸は1時間以内に消失する。慢性アルコール中毒患者のウェルニッケ脳症の脳神経には、変性の壊死もあろうが、乳酸の蓄積による影響もあるのだろう。


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B1,B2,ナイアシンに抗がん作用があることは、80年前にワールブルグが発見し、30年前の三石先生の本にもはっきり書かれている。
しかし、どうして医学教育でこれを教えないのだろう?不思議だ。

B1不足=がん=脚気=ウェルニッケ脳症。
そういえば、精神科病院勤務時にアルコール症患者が入院してくれば、ウェルニッケ脳症の予防、およびペラグラの予防のためにB1、ナイアシン入りの点滴をしていたことを思い出した。
もちろん内服薬でもB群を処方するが、最重度のB1不足なので内服薬だけでは間に合わない。
最初の1週間は点滴、B1量は100~200mg。

これは、ビタミンケトン療法(VKT)のがん治療と同じだと閃いた。
がんでも最重度のB1不足のはず。
外来でのVKTでは、内服のB1投与だけではなく、B1の点滴を行うことがポイントになる。
B1点滴で急速に乳酸を消失させ、炎症を軽減させる。
イントラリポス点滴+B1、100~200mg点滴をすれば、Cは少量で済むのではないか。