平成の参勤交代

平成の参勤交代

平成の参勤交代と題して、日本橋から京都まで中山道を歩いてみます。

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6月11日

喜多さんが異国のインドネシアより戻り行軍再開です

今回は小山から雀宮までの22kmを歩きます

 

8時に小山集合でしたが喜多さんが寝坊し弥二さんが先に歩きます

さあ喜多さんは1時間5kmの遅れを追いつけるでしょうか

<新幹線>

朝 遅刻した喜多さんは とうとう新幹線で移動です

これまで歩いてきた80kmを新幹線で30分で到着です

 
小山から国道4号を歩きます。今日も暑いです
両毛線をまたぐ踏切も現れました

 

しばらく歩くと日本橋から82kmの標識です

 

<ゲートボール>

街道脇の学校では大ゲートボール大会が行われていました

まだ10時前ですが暑くなる前に一試合でしょうか

ちなみに、弥二さんもまったく同じ写真を撮っていましたが、まだ準備運動の段階でした

弥二さん喜多さん 旅のフォトポイントまで似てきたのでしょうか

<新田宿 日本橋から88.2km>

新田宿につきましたが、宿場の名残となるものはありませんでした

人が住んでいる民家に本陣の表式を発見しました

  

弥二さんに連絡を取ると1時間前に通過したそうです
今日は追いつけないな~
<下野市(しもつけ)>
新田宿を過ぎると小山市を離れ下野(しもつけ)市へ入ります
歩道に手が届きそうな低い表式でした おもしろい
  

<小金井 一里塚>

久しぶりに街道っぽい痕跡をがありました

日本橋から22里を示す一里塚で榎と桜が一本の木のようにつながっていました

<慈眼寺>

新田一族の寺だったようですが、奥行きのあるきれいなお寺で下

  

 

寺の入口で弥二さん発見 かと思いましたが、布袋さん??でした

<パーティ村?>

弥二さんが近くにいる情報を聞き、急いだ喜多さんです

綺麗な下野市役所の対面には、なぜか「パーティ村」の看板が

  

なにかひきつける看板です パーティピーポーがたくさん集まるのでしょうか

 

一時間遅れでスタートした喜多さん いよいよ弥二さんに追いつきます

次回ブログで

5月21日

今回は古河から小山までの18kmを歩きます

前回の間々田から小山まで残り7.3kmです

<浅間神社>

間々田宿から少し歩くと浅間神社の案内が出ていました

暑さでばてているので寄り道は避けたいところですが、

もしかしたら神社の近辺にかき氷屋があるのではと足を延ばしてみました

神社の周りには何もなかったので、がっかしましたが思いのほか

立派な神社でした

 

<相撲大会>

奥へ行くにつれ歓声が聞こえてきました

なんと子供たちの相撲大会が行われていました

 

はっけよいのこった

 

はっけよいのこった  女子もがんばれ

 

この相撲上は映画のテルマエロマエやしこふんじゃったの撮影場所だったそうです

<かき氷>

屋台も出ていてフラッペにありつき生き返りました

喜多さんは普通のいちごです

弥二さんは欲張りなので全部のシロップをかけたレインボーです

<ラーメンで腹ごしらえ>

かき氷と子供たちの元気な姿で、少し元気が出た弥次喜多ですが

ここで腹ごしらえです

喜多さんは醤油ラーメン 弥二さんはこの暑いのに辛みそラーメンです

おいしかったです  レモンサワーも最高

  

<酒蔵訪問>

 

喜多さんは、この酒蔵名産の門外不出の日本酒「若盛」でつけた梅酒を購入

このブログ記入しているころは残り半分になっていました

 

 

さあ いよいよ小山宿の中心部に近づいてきました

道沿いには古民家を改造したフランス料理の店などもありました

今度はドライブでゆっくりきたいな~

 

<小山宿 日本橋から82.2km>

 

なぜか「開運のまち」になってました 弥次喜多もこれから運がよくなるのやら・・・

本陣跡を探してみましたが、それらしいものはありませんでした

地図が示す本陣跡には、小山の英雄水泳の荻野選手ののぼりがありました

 

<今回の土産>

今回の志穂姫、美希姫へのお土産は「焼きドーナッツ」でした

  

 

さあ 残り半分です 暑くなりますが、がんばって歩きますよ

(体重減るのもこれからでしょう・・・・)

 

今回は古河から小山までの18kmを歩きます

前日の招集ということもあり弥二さん喜多さんの2名が参加です

猛暑日が予想されることもあり、7;30分 古河出発でしたが

喜多さんが家を出た5:50には、もう暑かったです

二人は1日持つのでしょうか

<野木町 レンガの釜>

古河からはしばらく4号を離れて歩きます

すぐに野木町へ入りました

レンガの釜が当時のまま残っているそうですが

街道からそれていたのであきらめて進みます

 

   

 

<野木宿 日本橋から68.3km

古河宿からわずか2.6kmなのですぐにつきました

 

 

当時の人口は527人と小さな宿場だったようです

4号線に戻りましたが、歩道はこんな草の生えた道に代わります

<天然酵母>

ここから小山を目指すのに、まずは腹こしらえの二人ですが、8:30にはまだお店は開いていません。

また吉牛かと思ったら、パン屋さんの良い匂いが 天然酵母の店です

ちょうど焼き立てのパンがありました

 

 

実は先ほど寄れなかったレンガの釜にあるお店で娘さんがパン屋をやっており

そこへ届けに行く予定のパンだそうです

早速 弥二さんはその場でクリームパン、喜多さんは野沢菜パン 2つで300円を購入し食べました

天然酵母なので、フワフワというより、しっかりした歯ごたえでおいしかった

しかし

  

<朝マック>

おいしいパンで腹ごしらえした二人でしたが、1km歩かないうちに

1個では物足りずついに禁断の朝マックです(この道中初)

  

しっかりチーズエッグマフィンも平らげました

さあ 食べるのはこれくらいで今日は歩くぞ~

 

<法音寺>

下妻街道との分岐点に立派なお寺がありました 芭蕉も立ち寄ったようです

 

入口を固める金剛力士です 浅草寺にもいますよね

左が「阿形」 右が「吽形」  ここから阿吽の呼吸という言葉が・・・

弥二さんはそうだったんですか~と感心 どうも弥次喜多は阿吽の呼吸とはいかないようです

  

 

<栃木県突入>

東京-埼玉-茨木を抜けて、とうとう最後の栃木県突入です

東京から70km 歩いたな~

 

 

<麦畑>

小山市って小麦の里らしいです。 街道沿いにも麦畑多かったですよ

残念ながら小麦はビールにはなりません・・・・

  

 

<葡萄と梨畑>

街道沿いにも梨畑やブドウ畑が増えてきました

葡萄の赤ちゃんです 大きくなったら良いワインになれよ 飲んでやるから

と誓った弥次喜多でした

<熱中症対策>

30度を超える気温の中を歩いてきた二人

さっきのブドウがワインになる数年は待てず、冷えた甘酒で熱中症対策です

ちなみにアルコールは1%未満 だめだなー

<逢いの榎>

間々田宿は日光街道で11番目の宿場で、18里(72km)と

丁度 江戸-日光の中間地点です

中間の宿場で間の宿、間の榎 だったものが、間々田、逢いの榎と変わっていったそうです

そんなことより 「まだ中間か」 と叫んだ弥次喜多でした

 

  

 

<間々田宿 日本橋から74.9km>

  

人口は947人で野木宿の倍くらいだったようです

 

さあ このまま小山を目指す二人ですが、ブログは次回に続きます

暑くて暑くて 歩きながら かき氷 食いてー と言いながら二人でしたが

そんなことで 思わぬ歩き旅ゆえの良いことがありました

次回まで なんかナレーションが鶴瓶の何とかみたいになってきたな~

ちなみに 間々田で10:40分です