続き-ゲリラ時代を越えて | Kotenjiのブログ

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後天時代の本当の意味と価値を理解し、ふさわしい生き方をしたい。
正午定着、影のない時代と言われているが...

続きですが、しばらくの間、おそらく尊い真理ではない「何か別のもの」を維持するために、前回書いたような真理から真理を装ったものへの微妙なすり替えが、信徒の良心のレーダーに捕捉されない状況下で着々と行われていったのではないかと思います。しかし、いわば、そのような「ゲリラ戦術」的なものを継続して「理想世界」に向かおうというような時代はもう過ぎたのではないでしょうか。

 

過去はどうあれ、今の時代を迎えた以上は、今の時代の抱える悩みに対処することで万民に貢献する道があるならば、あるいは貢献できるようなリソースがあるならば、それを捧げることにより、万民の歓迎する実りを実らせていくことが重要であると思います。もしも神様の血統を持って真の愛を実践してきた人がいるならば、その人は何と言うでしょうか。おそらく「私はメシヤだから私を信ぜよ。私を愛せ」というたぐいのことを言う代わりに、ただ黙々と、メシヤならば人類のためにこうするだろうというような実践をしているのではないでしょうか。

 

そして、そうなれば、今までメシヤなどという話を聞いたこともない人すらも、その実りを見ることによって、「そういう素晴らしいことを、あなたとともに私もやりたい」と言い始めるようになるかもしれません。そして、それは「誰それはメシヤだから信じなさい」と叫ぶことの何倍も、人々がメシヤの真の価値を理解できるようになる道を開くことになるのではないかと思います。

 

ですから、今の時代は、それでもまだ過渡期かもしれませんが、そのような「ゲリラ戦術」ではなく「正攻法」の時代への切り替えを意識的に行わなければならない時代だと思います。

 

フィリピンでの行事も様々な報道がなされていますが、まさにこの時は、この時を期して勇気ある声明を発表された石川の郭教会長や、カープのリーダーの方々だけでなく、多くの良心を持った食口の方々が、遅ればせながらでも自分の信じてきた貴重なもののために立ち上がる絶好のチャンスの時ではないでしょうか。

 

今までの自分が人生の土台としてきた信仰の根拠が、必ずしも自分が本当に貴重に思ってきたものではない可能性があります。真理によく似ているが実は真理でないようなものに執着している自分ではないだろうか。心を開いて、自分の本当の敵はどこにいるかを悟る必要があります。

 

我が敵は…にあり!

 

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