こんにちは。

読んでくださってありがとうございます。

 

不登校になってから1年以上が過ぎ、週に1回くらいのペースで保健室登校もするようになり、保健室の先生ともいろいろ話したりできるようになってきました。

 

髪も染めてみたり、化粧もがっつりするようになったり、洋服もおしゃれに目覚めてスカートをはくようになりました。

 

ちょっとずつエネルギーが溜まって来てるなあと思っていた1月のある日、娘が突然

 

「東京のビッグサイトで3月に開催されるコミケに行ってみたい」

 

と言い出します。

 

娘がやりたい、行きたいといったところは、叶えてあげられる内容であればぜひと思っていたので、

もちろんOK。

関西に住んでいるので、東京へ1泊で遊びに行きがてらに行ってみようということになりました。

 

そして、いよいよ出発3日前になって、娘が「ママ、実はコミケに出展するねん。」と言います。

 

私はてっきり見に行くのだと思っていたので、まさか出展とは思っておらず、そもそも中学生が1人で出店できるのかとか、出展して何を販売するのかとか、疑問がいっぱいでした。

 

中学生は1人では出店できず、高校生以上のグループ内参加でならOKなのだそうです。

オンラインで知り合ったアニメ友達が東京にいて、その子たちが高校生なので、一緒に出店してみない?と誘ってもらっていたのだそう。

 

販売するものは、既に漫画を描きあげており、それを製本してもらって現地に当日送るように手配しているとのこと。

 

出展料や、製本代金は、お年玉から振込したと。

 

娘がそんなことまで考えて、行動していたとはまず驚きでした。

 

最初から出展のつもりだったの?と聞いたら、

最初に出展するって言ったらだめって言われるかもしれないからと言ってました。

 

そして、いろいろ納得だったのが2月のひきこもりのこと。

1月までは週1回の保健室登校をしていたのですが、2月はぱったり行かなくなって、どうやら再び昼夜逆転の生活になっている様子でした。

 

大丈夫かな~とちょっと心配しながら、でも何も言わずに見守ることにしていました。

 

そしたら、2月に引きこもっていたのはその漫画制作に没頭していたとのこと。

 

いつの間にか、自分のやりたいことを見つけて、踏み出してたんだなって。

ちょっと感動しながら、母子で東京へ向かいました。

 

1泊して当日の朝、娘が身支度や化粧を始めます。

ほんとに明るい表情になったな~と準備している娘を眺めながら、全然気づいてあげられなかったこといっぱいだったな~と。

 

そして、いざビッグサイトに向かおうと電車の駅に向かっている途中で、娘が急に立ち止まって下向きました。

 

どうしたの?しんどい?

不安になってきた?

 

と、私は突然のことに、驚きながらいろいろ聞きます。

 

そしたら、娘から、

 

「違う。しんどくない。ママが付いてくるのが嫌やねん。」

 

と衝撃のひとこと。

 

ビッグサイトのある駅までは見送るねということだったのですが、それいらないと。

友達にママと一緒のとこ見られたら恥ずかしい。

1人で行けるからと言われて、

 

私はまさか自分が原因と1ミリも思っていなかったので、

おっきな石を上から落とされたような衝撃でした。

 

そっか、1人で行けるか。

わかった、では終わったらどこかで待ち合わせて一緒に新幹線で帰ろう。

 

ということになり、私はホテルを出たところで娘と別れました。

 

もう大丈夫だったんだ。

 

私の方が子離れできてなかったんだなって、思い知らされた瞬間。

寂しいような嬉しいような。そんな感覚をかみしめながら、

 

私は東京で娘を待つ間、いろいろ巡りたいところがあったので、あっという間に時間が過ぎたのですが、

どうやら終わったであろう娘からLINEがぽろっと入ってきました。

 

「ママ、帰りの新幹線何時?ホームで待ち合わせでもいい?お友達と遊んでくる。夕食のお弁当買っといてほしー。」

 

と指令が入りました。

 

夕方の新幹線で帰る予定で、その前にどこかのカフェで娘と会って、どんな様子だったか話を聞けるのを楽しみにしていたのですが、ここでもまた空振りをくらいます。

 

もちろん、遊んできてくださいと返事をして。

私の学生の頃では、ネットで知り合った友達っていうものにあまり良いイメージはなかったのですが、今の時代は違うんですよね。

それを少し心配に思いながらも、娘が楽しいなら、まぁ大丈夫かと。

 

娘を信頼して待つ、ということをあらためて感じました。

 

無事、新幹線のホームで合流し、車内でお弁当を食べながら、

お客さんが自分の書いた漫画を買ってくれたときの喜びや、楽しかったことなどいろいろ聞かせてくれました。

 

ごはんを食べたら、疲れて速攻寝ていましたが、私はいろいろ感慨深くて、忘れらない東京旅になりました。

 

エネルギーが溜まってきたら、勝手に動き出すから、親はなんにも言わずに見守ってあげてください、

というカウンセリングの先生の言葉が、本当になった。と。

 

娘が楽しいと母も嬉しい。

娘が落ち込んでいたら、母も悲しい。

 

でも、一緒に落ち込むのではなくて、もっと大きな気持ちで娘がどんな状況であっても、こちらがどんと受け止めるということ、このとき、わかったつもりでいたのですが、まだまだ振り回されっぱなしな出来事が続きます。

 

 

こんにちは。

読んでくださってありがとうございます。

 

不登校になってから1年が過ぎたくらい。

ようやく母である私も、娘がどんな状況でもどんとかまえていられることが多くなってきました。

 

そこに至るまで、もうひとつこれまで気付かなかったけど気付いて変えたことがありました。

 

娘が、マイナスな気持ちを語ってくれたとき。

 

今までだったら、

前向きにとらえようよ、とか、そうじゃないよという感じでアドバイスしたり返答していました。

 

マイナスな感情は誰でもあるのに、私自身がそのマイナスな感情を持つことを否定していたことに気付きました。

 

そっか、マイナスな気持ちになってもいいんだと。

本で読んで気付いたと思うのですが、私がとらえ方を間違っていたなと。

 

私がそのように返事していたから、娘もマイナスな感情を持つ自分はダメな自分と余計に感じていたのかもしれません。

 

そのことに気付いてから、マイナスな感情を語ってくれたときは、

「そっかそっか。そう感じてたんだね。しんどかったね。」

 

と、そのマイナスな感情を受け止めるような返事にシフトしました。

 

娘に対してもそうですが、私自身に対しても。

自分がこれまで、例えば嫉妬とかねたみとか感じたときに、そう思っちゃいけないと思うようにしてきたけど、そうじゃなくて、自分の気持ちも同じように受け止めてあげること。

 

自分の中にいる小さな子どもに話しかけるように、

自分によしよしするようなイメージです。

 

娘との中学受験で、私自身だいぶ自分と向き合い、改善してきたつもりだったのですが、まだまだでした。

 

過干渉の親に育てられたアダルトチルドレンの精神(私自身のこと)は、なかなか根深く、それを見せてくれたのが、娘の不登校だと思っています。

 

結局子どもというのは、親を育ててくれてるんだなと。

お母さん、お父さんがもっともっと楽しんで生きてほしい。

そういう思いで私たちのもとへやってきてくるのではないかと思っています。

実際今、私自身は4年前よりも断然生きやすくなっています。

 

子どもに対しても、旦那に対してもそうですが、

自分の気持ちを言葉で伝えることはもちろん大事だけど、

生き方とか物事に対する姿勢というものは、言葉では伝わらなくて、行動や実践あるのみ。

大人は、言葉と行動が伴っていないことも多くて、

子どもというのは、それを良くみているし感じているのだと思います。

 

子どものお手本は、小さい時から常にそばにいる親しかいない。

その親の姿を子どもはしっかり見て、感じ取って、自分の人生によくも悪くも活かしていってるんだなと。

 

だからといって、いつも良いお手本を示さなきゃいけないというわけではなくて、

誰でも人間だからいろんな気持ちになることはもちろんあります。

 

まずは、母である私自身が自分を否定しないことだなと思いました。

親の子育てを反面教師にしてきたけど、根本にあるもの、私自身が自分を否定しているままだと結局同じことになってしまうんだな、と気づきました。根底に自分に対する不安とか、恐れがあったんだなって。

 

そして、そういう自分に気付いたら、その自分と向き合い続けること。

自分の本音や気持ちから目を背けず、それらと向き合って自分の気持ちも育てていくと、いつの間にか娘にも変化がみられるようになりました。

 

まず、ある日突然

「美大を目指したい。だから絵の学校に行きたい」と言い出しました。

 

そして、行きたい美術学校の候補まで自分で見つけてきていて、体験に一緒に行ったのです。

 

とっても楽しかったみたいで、即その学校へ通うことを決め、

まずは週に1回通うということになりました。

 

といっても、まだ娘の気持ちは不安定で、

美術学校の日になったけど、当日になって起きたくない行きたくない、ということも最初はよくありました。

 

そこで、私は昨日行くっていったやん。って言ってしまったこともあります。。

 

1個乗り越えたと思ったら、また次の新たな課題がやってきます。

 

私が何を気にしているかというと、美術学校の先生に申し訳ない、とか、なんて言おうかという世間体。

 

であることに気付きました。

 

なので、先生には娘が不登校であることをこっそり話して、その日の気分で突然行かないとかがあることを伝えて、それでも大丈夫かどうかを確認しました。

 

そしたら美術学校の先生は理解があって、それでも大丈夫ですと。気持ちがのったら来てくださいという快いお返事をもらい、

私の気持ちも軽くなったという次第です。

 

こうして、いろんなことに気付くけど、人ってなかなか変われない。

ちょっとずつ、こうした日常を通して、自分の気持ちを見つめて実践していくことを積み重ねていくのみなのでした。

 

そして、それと同じくらいの時期に、もう一つ娘が動き出したことがありました。

 

長くなりそうなので、次回に続きます。

こんにちは。

読んでくださってありがとうございます。

 

中学1年生の秋から不登校になり、それから1年近くは、

娘がもちろん一番しんどかったのは間違いないのですが、私自身もしんどい日が続きました。

 

学校でいじめられたわけでもなく、

突然学校へ行けなくなった娘。

 

そうなる前に、私のお友達や知り合いの方々で、学校へ行けないお子様たちの話をよく聞いていたので、もし自分の娘がそうなったときは、行きたくないなら全然それでもOK。受け入れられると思っていたのです。

 

が、実際いざそうなってみたら、最初は受け入れられたつもりだったのですが、

いつまで続くのかとか、

娘がつらそうで心配。とか、

それと世間の目がやはり気にならないといったらうそになるかもしれません。

自分のプライド的なものも邪魔をしました。

 

カウンセラーの先生いわく、突然学校へ行けなくなったのは、

周りに気を遣い過ぎて、家の中でも親に気を遣って、

活動するエネルギーがなくなっちゃったんだそうです。

 

エネルギーが溜まってきたら、勝手に動き出しますから、それまで待ちましょう。

ご両親は見守るだけにしてもらって、親からこうしたらああしたらは一切言わない。

ご両親も自分の好きなことをして、人生を楽しんでください。

 

という言葉を頂きました。

 

まさにその通りでした。

 

私自身、両親からの過干渉で、ああしなさいこうしなさいと言われてきた子ども時代だったのですが、ほんとにそれが嫌だったので、反面教師にして子育てしているつもりでした。

 

でも、そもそも子どものためと思った中学受験。

娘は乗り気じゃなったのに、強引にさせてしまったのは私で、結局自分の両親と同じことしてる。

 

中学受験というのは、小学生の子どもがしてもしなくてもいい受験勉強に挑みます。

もちろん、自分からこの学校に行きたい!と自ら受験するお子様もいらっしゃいますが、

親が受験を勧めて、それでというご家庭もたくさんあると思います。

親から勧められて受験して、行きたいところに行って、お友達もできて楽しい学校生活が送れた!という方々ももちろんたくさんいらっしゃいます。

 

でも、わが子の場合は違いました。性格とか、それまでの親子の信頼関係とか、入学した中学校が合わなかったとかいろんな理由があってそうなるのがわかりました。

 

もうすっかり元気になってから娘から言われた言葉が、

 

「最終的に自分で受験するかしないか決めていいよ、とあのときママから言われたけど、親からの圧を感じてたし、まだ小学生だもん。受験しないなんて言えなかった。」って。

 

振り返ってみると、私自身はそれまで自分の仕事中心の日々で、娘が自分の思うように動かないと機嫌が悪くなったり、なんでこうしないのと口には出さないけど、心では思っていたこと多々でした。

娘の方がどうやら私の顔色をうかがっていたのだなと。

 

中学校へ入学してからも、いろんな話をしてくれたけど、それによって私は娘がいい学校に入れて良かったと、自己満足を感じていたのだなって。

娘はつらかったんです。

 

そのことに気付いてあげられず、不登校になって気付かせてもらったという感じです。

 

しばらくは、私自身が自分を責めていて、

中学受験を無理強いするんじゃなかったとか、

娘が感受性が強いことを気づいてあげられていなかったとか、

 

もう戻れない過去のことをくよくよ思っていた時期がありました。

 

でも、私がそんなことを考えていたら、私自身から発するエネルギーがそうなってしまい、

感受性の強い子はそれを感じて、同じように自分を責めてしまう。

 

娘が楽しく生きられるようになるには、

母である私自身がまず変わらないと、と本気で思い始めました。

 

そして、前回の記事にも書いた、娘と腹を割って思いを伝え、話すことができたこともあり、

私自身も少しずつ変わっていきました。

 

生きててくれたらそれでいい。

学校へは行かなくても行ってもどちらでもいい。

勉強はやりたくなかったらやらなくていい。

今は好きなことをして生きていける道がいくらでもある。

一緒に美味しくごはんが食べられて、一緒に笑っていられるならそれだけで幸せ。

今しかできない旅行にいっぱい行こう。

 

もちろん、気分の浮き沈みはありますが、

なるべく私自身が楽しく、自分で自分を満たすことをしていこうと思いました。

 

そんな日々をしばらく送っていると、娘にも変化が出始めました。

 

次回に続きます。