2号の中学受験  その4 | 子ども1号2号と夫とわたし

子ども1号2号と夫とわたし

私大理系4年生①号と附属上がりの私大文系1年生②号との生活をメインに。

パパは、ママ孝行を開始!
地方で国立小のお受験して、東京で中学受験して、ついに最後の大学受験・内部進学まで来ました。

時が経ち‥


小6の春の塾面談。

ニヤニヤ「志望校は、◯◯中学とか▲▲中学ですかね。」

最後に在学校の名前も上げたが、2人してアハハて会話になった。

学力的にも性格的にも良さそうと、学年担任からも言われた、在学校以外は


志望ポイントを聞かれたので、呆れられるのを承知で言ってみた。

ニヤニヤ「本人の行きたい所しか、受けません。長い間通うし、卒業後も良い思い出になるように。

で、本人の希望は‥  」

うなずく学年担任、言い出しにくい私。

滝汗「‥ ‥ グラウンドの広い学校て、どこでしょう。」

驚愕の学年担任お父さん

ちょっと探しておきますねと、メモしてくれた。

都内には、それほど無いからだ。



結局、秋と冬の面談でも志望校は変わらず。

スポ少は、夏前に休みの届けをだした。

母のお当番はその間もしなくてはならないので、小6に上がる時に辞めてしまう方が多い。

当時、学年の半分が、公立一貫校も含めて受験する公立小。

万が一、全落ちの場合や公立中学を選択した場合にも、そこに繋がるスポ少は大事な場所・心の支えとなるからだ。

母、ガンバッタ笑



最終面談には、試験日や入学金の〆切をエクセルで作った表を入れたファイル持参。

学年担任お父さんから、「オォ、2人目母!さすが👍」のお言葉を頂戴した。

たまには母も褒めてくれないと、普通の子の受験ではモチベーションが持たない。(上位者は、順位や偏差値でアガる。)


ここでも順当だし、問題のないスケジュールだと。

そう、2号チューの性格「お調子者だけれど、実はナイーブちゃん」なので、スケジュールは大事だった。



1月の下旬早々に、お試し校(今で言う“前受け校”)で絶対に合格を1つ。

調子に乗り、2月の試験までは勉強しないかもと見込んで、安全校と持ち偏差値の本人の選んだ2校をラインナップ。シビれるぅ〜ニヤニヤ

1校は複数受験可能で、一応2回申し込む。

チャレンジ校なし!


そこで、本人熱望校をどうするか。

担任は「まぁ、通塾3年間のご褒美に受験させたら?」と無責任な発言。

ニヤニヤ「そうですね〜。」

1号を贔屓ではなく、それぞれの能力や体力、性格が違うから

とにかく、どこか手厚い一貫校に入れてしまおうと、担任と一致していた。



頭を下げ、ふと不安が‥‥

滝汗「あ、あの、もし受かったら、どうしましょう?」

担任お父さん「アハハ、良いんじゃないんですか?(受からないから、心配するな)」

滝汗「あの子、小学校もそんなで受かっているんですよ‥ アハハ(ちょっと嫌な予感)

愚痴ったら、実家が熱望校(在学校)の受験料を出してくれた。

2月は、3校の受験と決まった。



で、2号チューチョキは全て合格クラッカー

行きたい学校になりそうで、受かりそうな学校しか、訪問・受験しなかったから〜笑


入学後に学力的に余裕がないと、高校で出されてしまうし、深海魚はメンタルがやられる場合もある。結局、深海魚だったけれど


多く見せたり、親がイマイチだったりな所には行かないに越したことがない。ブレないように。


小6の得意科目やなりたい職業が、高3まで持つとは限らない。

可能性を広げるなら、手厚く、留年や退学の少ない、しかも指定校が多い中堅校はいい!在学校、各クラスに1人は留年者がいる。退学者は、10人前後の年も。


そして、少しチャレンジの熱望の在学校にも、合格しちゃった💦

補欠でもなくポーン

ギリギリで、他校の入学金を支払わずに済んだ!



全て終了し、ご挨拶に伺うと学年担任に電話した。

真顔「2号が自分で報告したいそうなので、私からは‥」

1月校と2月の一校目の合格報告以降は、お電話していなかった。

2号と菓子折り持参で、伺う。


ハイハイと出て来た担任。

ニコニコ「在学校、受かりました!ありがとうございました。」

お父さん絶句 &    崩れ落ちそうになり、椅子に掴まる

そして、後ろにいる私に縋るような視線。

ニヤニヤ受かっちまったよ!の微笑みを返す。

お父さん「え?受かったの?‥  お、おめでとう‥  やったな!」

反応、悪すぎよ。

お父さん「し、心臓が痛い。めちゃドキドキしているよ。いやー、おめでとう!

やっと声が出て来た。



後に知ったが、クラス男子で一番の子が、ダダ滑りで1週間粘っていた。一月校も含め、チャレンジ校ばかりだったらしい。

毎日受験校探しの対応で、本気で弱っていた担任。


後日、本当に喜んでいらしたが、2号は怒っていた。

ムキー「アイツ(学年担任)は、最後まで受かると思っていなかった!算数担任だけずっと応援してくれ、過去問も付き合ってくれたんだ!」といまだに言っている笑い

クラス男子の合格校偏差値では、2号が1番になり、嫌味な子を抜けた達成感もあったようだ。



翌年から学年担任は、発展途上国でボランティアしている。

他の先生方も転勤し、お教室はコロナ明けに統廃合され、閉鎖された。



在学校は、失敗したなと親は思う事が多々あった。

本人の人生、親の意思ではなく進んだので、自己責任だな。



附属校の難しさは、学友だったり、他大受験の場合のフォローやカリキュラムだったりがある。パンフレットは信じるな!


アドバイスとして、下がある附属校に高校から入るなら、覚悟しておいた方がいい。

独特な授業があり、中学でトップ層だった子がプライドへし折られる事があるからだ。

偏差値だけでは判らない。

そして、ヤツらの経済観念は、バグっている。

今も子ども達だけで、海外に豪遊グループが!


母は初保護者会の服装を、紺色または白、黒、グレーにしておけば安心。某校は黒オンリー、紺オンリー。

TシャツGパンで来られた方がいて、母達の記憶にバッチリ残っている。ご本人も焦り、お手洗いでうろうろ。

←文化祭で母は、少しラフだが在校生のご家族も見ておくといい。

説明会にはいないから、忘れずに!エルメス率も分かる。


部活で、ママ友とLINE交換しておく!ずーーーーっと一緒だから。

クラスのママ友は組替えしても情報をもたらしてくれるが、高入組は年に二、三回の保護者会で声をかけ辛いだろう。

ランチ会も無くなっているし。


クラスのPTA委員の母を捕まえるのも、手だ。たぶん一年生の場合、下からの母がしているだろうから。



2号ウインクまたしても、ギリで合格を取る。

看板学部…  大丈夫だろうか。

とにかく、2号の中学受験はここで完結。


母の中学受験は、自身・1号・2号の3回がやっと終了。


確かに、情報戦だった。

これからは自分でして貰うが、就活も情報戦らしいからなぁゲッソリ