辻村深月の『ファイア・ドーム』(小学館,2026年6月)を読了。上下分冊,全896ページに及ぶ大作である。

○内容紹介(Amazonより)
人はなぜ大きな事件に魅了されてしまうのか
噂は、軽薄な娯楽だ。
25年前、平穏だったはずの地方都市は、百貨店受付嬢誘拐殺人事件の発生、その報道により揺り動かされ、「噂」という大量の炎が、加害者のみならず被害者にも降り注ぎ、燃えさかった。ようやく静けさを取り戻したかに見える町に燻り続ける因縁が、いま新たな事件を呼び起こす――。
「もう言われてるよ! どうせ、親が殺したんだろうって!」――本文より
■上巻を読み終えての感想
辻村さんは上巻丸ごと使って巨大な伏線を張ったのかもしれない。起きた事件や描かれる人間模様に目新しさはなく,それらは現実世界でよく見かける類のものと言っていいだろう。さすがのストーリーテリングなので辻村ワールドにグイグイと引き込まれはするものの,意外性や深みはそこまでではないと感じた……最後の数ページにたどり着くまでは。
どうやら闇は深そうだ。二つの事件の背後には底抜けに深い人間の業が渦巻いているのかもしれない。下巻がとんでもない展開になることを期待せずにはいられない。
■下巻を読み終えての感想
下巻の中盤から繰り広げられる展開が圧倒的な迫力と緊迫感を伴っており,読んでいてページを繰る手が止まらなかった。
関係者一同が集まった会合の場で明かされる真相は半ば想定の範囲内でありながら,そこに至るまでの(つまりこの物語すべての)筆致がまるでノンフィクションを読んでいるかのようなリアリティを伴っているため,この「告白」のシーンは有無を言わせぬ説得力と尋常ではない緊張感に満ちていた。間違いなく本書のハイライト。まるでドラマを見ているかのようにそのシーンの映像が脳裏に浮かんだ。
■総評
私は辻村作品をけっこう読んできたが,本作は従来の作品群とはかなり毛色が異なると思う。単純なミステリーではなく,もちろん青春小説でもなければ,ちょっと不思議なファンタジー色のある物語でもない。辻村深月ならではのとても細やかで深い心理描写は変わらずに,それらを土台とした,現実に起きた事件を扱った渾身のルポタージュのような作品だ(繰り返すが,そのリアリティは圧巻)。おそらくはご自身の実体験が色濃く反映されているであろう「教師と子どもたち」の関係や,子ども同士の友情の描き方もお見事。「愛」と「信頼」が根底にあるのが良い。
小説として無類の面白さに満ちた本書であるが,実は物語のテーマはある種の問題提起をもはらんでいる。
何か大きな事件が発生するとセンセーショナルに報じるマスコミ,それに乗っかって根拠のない「見解」をSNS上で発信する人たち,自分勝手な正義を振りかざして事件の関係者を一方的に断罪・誹謗中傷する無神経な輩……。そのような,今まさに現実の世界で問題になっている「事件報道」にまつわる様々な事柄に対する痛烈なカウンターパンチ,あるいは静かなる怒りに満ちた問題提起でもあるのではないか。そう思わずにはいられない。
※公式サイト→https://www.shogakukan.co.jp/pr/fire_dome/index.php

