読書感想文/辻村深月『傲慢と善良』 巧みな心理描写ここに極まれり | たろの超趣味的雑文日記〜本と映画と音楽とBABYMETALその他諸々

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辻村深月の大ベストセラー『傲慢と善良』(朝日文庫、2022年)を読了。辻村作品ランダム読書の記念すべき10作目。

 

 

◯あらすじ(本書の表4より)

婚約者・坂庭真実が姿を消した。その居場所を探すため、西澤架は、彼女の「過去」と向き合うことになる――。彼女は、なぜ姿を消したのか。浮かび上がる現代社会の生きづらさの根源。圧倒的な支持を集めた恋愛ミステリの傑作が、遂に文庫化。

 

ミステリーとしても読めるし,奥深く重たい恋愛小説(婚活小説)としても読めるが,個人的にはミステリーとしての面白さが際立っていると感じた。架の視点で語られる前半と,真実の視点で語られる後半とで,「真実が失踪した」という事実の解釈や意味合いが180度ひっくり返る展開は驚異的である。「事実はひとつ,真実は多様」を地でいく構成は見事というよりほかない。右に左に大きく揺さぶられながら主人公とともにたどり着く先で読者を待ち構えているのは,これしかないと言える感動的な結末だ。

 

ミステリー云々を抜きにしても,この小説はいかにも辻村深月らしい様々な要素が盛り込まれているので大いに共感しながら読めるはず。たとえば,共依存に近い母と娘の関係性がはらむ問題はとても現実的で,身近に感じられるからこそ恐ろしい。また,「結婚」あるいは「婚活」というイベントを機に己の価値観と人間性が無惨に抉り出され,徹底的に試される様は実に残酷だ。

 

現実世界の多くの人が普段何となく感じているであろうことが登場人物の口を借りて明確に言語化されているので,非常に考えさせられる作品だとも言える。辻村作品といえば深く掘り下げられた心理描写が特徴だが,『傲慢と善良』ではその掘り下げ方が今までとは比べ物にならないくらい深い。帯に記された「人生で一番刺さった小説との声、続出」という表現が大袈裟に感じられない理由は,そこにあると思う。単なる娯楽小説、エンターテインメント小説と片付けることができない何かを、この小説は内包しているのである。