昨日は剣術稽古。柳生天狗抄の型稽古を行う。この道10年やってると僕のような不器用な人間でも型は作れるが、では内実が伴うかと聞かれるとできないこともある。だからこそ日々稽古であり、できないことを明らかにし、できることに変えていくのである。はてしがない究の道である

最近打太刀もやらせていただいているが、打つという気が見えると師に指摘された。確かに自分も打つ刹那にタメを作っているのはわかった。「自分」が打つという意識からただ「刀」が落ちるという「現象」に意識を向ける。自分が主ではなく、刀が主であり、相手が主であり、こちらは陰となり従うだけという流儀の真髄であり、真髄であるが故に、この心法を体得するのは至難の業であるが、日々の心掛けしかない。

月影塾は一昨年くらいからすぐできちゃう若者、身体能力抜群な若者、研ぎ師さんなど素晴らしい若者が続々と入塾している。最近では戦闘のプロの方ともご縁が生まれた。才能はこれっぽっちもない私だが生半可ではいられないと年明け近い今、心を新たにしている。才能の差を努力と心意気で埋めていくのが我が道である。初心忘るべからず、必死で這いつくばってもがきながら努力していた自分をいつも思い出そう。