先日のブログで触れた中国北宋末期を舞台とした小説「水滸伝」の中で語られる梁山泊百八星の1人である行者武松と絶世の美女、潘金蓮に関わる物語をテーマとして数回にわたって潘金蓮の心情の分析を中心に書いていきたいと思うのでどうかお付き合い願いたい。
この話は単純に見れば武松の仇討ち物語である。時代劇のテレビドラマでは勧善懲悪がたびたびテーマとなるが、この話でいえば殺された兄の武大の敵討ちをした武松が善であり、ダンナである武大を殺して近所の色男、薬屋の西門慶に入れ上げた金蓮は悪ということにするととてもわかりやすい。私も幼少期にこの話に触れた時は潘金蓮はなんて悪い女なんだと思ったし、武松が見事金蓮と西門慶を殺して兄の仇をとった姿の方がかっこいいと思った。
が、勧善懲悪の物語では悪であるはずの潘金蓮の心の内はいかほどだったのだろうか、と心を寄せる人はあまりいないように思う。中国史においては「ダークヒロイン」と呼べる悪女、妖婦、淫女が多く出てくるわけだが潘金蓮は中国におけるそんな女性を象徴する結晶ともいえる。今後潘金蓮は「金蓮」と呼ばせていただく。
金蓮は現在の中国河北省の清河県の商人に仕えていた。若くて美しい金蓮を商人がほっておくはずもなく、商人は金蓮に関係を迫る。しかし金蓮はこれを断り逆に商人の浮気を奥さんに告げ口してしまう。そのことを根に持った商人は県でも一番の醜男、武大と金蓮を無理やり婚姻させてしまうのである。2人は人目を避けて誰も知る人のいない現在では山東省の陽穀県に移り住む。商人にしてみれば俺の誘いを断った見せしめというところらだろうか。しかし利用された武大もなんともかわいそうである。
この時金蓮が以下のような気持ちを抱いていたことは想像に難くない。
「何よ!偉そうに。金でこの私が口説けるとでも思ってるのかしら。アンタみたいなおじさんには興味ないのよ」
「しかも奥さんに告げ口した腹いせにこんな風采の上がらない不細工男を私に娶らすなんてどこまでも意地の汚い男なのかしら。いつかみてらっしゃい。必ず私に相応しい男を見つけて見せるから。。。」
なんとも鼻息の荒い気の強さであるが主人の奥さんに告げ口したのはやはりよくなかった。私の美貌はすごいでしょ、貴女の旦那の気持ちはあなたにはないのですよ、という奥さんへの当てこすりの気持ちもあったのだろうか。
しかしこれだとただの性悪女になってしまう。金蓮の類まれな美貌にぶさわしい気位の高さの裏には男に尽くす優しさも、また男に優しくしてほしいと思う愛らしさもまたあった。
武大は貧乏な饅頭屋で風采もあがらず近所にも不釣り合いな夫婦だと馬鹿にもされていた。しかし武大にしてみれば金蓮ほどの美人を嫁に迎えるなど渡りに船で自慢の種であり、金蓮を毎日大切にして優しくよく尽くした。最初は不満だらけの金蓮だったが徐々に武大の不器用な優しさに打ち解けていくのである。金蓮は並外れた美貌をもってはいたものの、元々は商人に使われる一介の小女だったわけだから決して恵まれた身であったとはいえない。愛に飢えていたのもしれかい。
「この人見かけはよくないけど私のこと大切にしてくれる純粋な人だわ。生活は決して楽じゃないけど私も家庭を持てたのね。これが普通の幸せというものかしら。。。」
しかし!そこに夫の武大とは似ても似つかぬ堂々たる体躯、しかも美男子、街でも虎を退治したと評判の都頭、武松が兄の武大を訪ねて金蓮の目の前に現れた時、金蓮の女性が再び燃え上がるのである。(続く)