感銘を受けた小説・エッセイから、再読したい本をピックアップ。
○若きウェルテルの悩み(ゲーテ著・高橋義孝訳・岩波文庫)
ゲーテを一躍有名にした作品としてあまりにも有名。それだけではなく、この本が出版された18世紀のヨーロッパの若者に驚異的な影響を及ぼした問題作。題名にあるウェルテルという若者は、こともあろうに、許婚者のいる女性に激しい恋情をいだいてしまったことで、激しく苦悩します。結局、その苦しみのあまり、ウェルテルは自殺してしまうのですが、この時、作品を読んだヨーロッパの若者が、ウェルテルをまねて自殺するということが、相次いだらしいのです。この作品を発禁にした国もいくつかあったとか。確かに作品の結末を聞くと、そのような現象が起こったこともわからないではありません。あえて、この結末を丸飲みして読んだとしても、生きることの無常と空虚をどことなく感じてしまうことでしょう。生きることに、幸福とか不幸とか、そんな概念を追いかけざるをえないことが、人間の宿命だとするならば、です。この作品は、ウェルテルが幸福だったか、不幸だったかを考えることではない。、読者に、ウェルテルが、苦悩の中で、それでも生きる意味を見出そうとする姿を黙って見つめることを要求する。作中に時折出没する、自然についての描写が詩的で、非常に美しいです。
○ヘンリ・ライクロフトの手記(ギッシング著・平井正穂著・岩波文庫)
「知的生活の方法」(講談社現代新書)のなかで読書を愛する人として、挙げられていたのが、著者のジョージ・R・ギッシングであります。このイギリス人は、日々のパンを犠牲にして、勉学に励むという人生を、生涯突き通した人です。この作品は、ギッシングの自伝的手記といった内容です。ここでちょっと、話はギッシングのことからそれますが、この前、クールべという、フランス第三共和制前に活躍した、画家の伝記を読みました。この人も、若い頃は絵の修行のために、それは、悲惨な生活を送ったようで、何度も病気にもなるなど、災難続きだったようですが、彼は、絵が描けるという、そのことだけを心の支えに、必死に勉強して、やがては世に認められる作家となりました。ヘンリ・ライクロフトの手記を思い返すにあたり、ギッシングにも、クールベと似た部分があるように思えて、つい書き添えてみました。これが芸術家のの真実だとは言いすぎでしょうか。いや、ギッシングの生涯を想像すれば、貧乏と孤独で、苦しいと思うことは、それこそ何度となくあったはずなのに、なぜか作中から、悲壮な思いはほとんど伝わってきません。むしろ、知を求めることを生活の糧として生きることへの喜びと、感謝の念を感じずにいられない。クールベは若さゆえの好奇心と時代の影響を強く感じましたが、ギッシングは、自分の性分と運命を受け入れた、何にもゆるがない、成熟した大人の姿を感じるのです。彼を支えたもの。それをさらに深く味わいたい。抽象的思索についての描写も興味深い。