日々のちょっとしたことにでも、喜びを見出せるようになると、きっと人生はもっと楽しい。例えば、今日は昨日と打って変わって、天気がいい。電車で座れた。新聞に全て目を通せた。朝早く会社に来て、ブログを書くことが出来ている。見過ごしてしまうほど、普通のことだけど、これが普通のことと思えることに感謝しなくては。そう、感謝感謝感謝。むやみに快楽をもとめようとしなくても、普通のくらしの中にも、必ず喜びの種が隠れているんだ。こうやって書いているうちに、ふと小学生の頃を思い出した。物事にもっと純粋だったあの頃の自分。逆上がりができた、テストで100点をとれた。それだけで、とてもうれしかったように思う。先生や友人にほめられれば、有頂天になった。ところが、年を経てからは、少しの事では喜べなくなった。周りもむやみに褒めたりしない。確かに、喜びだけでは解決できない厳しさ・悲しみに何度を直面して、その苦しさを身を持って知ると、人はそうなってしまうのかもしれない。しかし、だからこそ、うれしい、うまくいったという気持ちを捕まえたら、小さくガッツポーズしよう。そしてまた淡々と歩んでいこう。山登りもただ苦しいと思っているときつい。路傍の花、気持ちのよい風、鳥のさえずり、これらがあるから、人は登っていける。その喜びを知っていれば、厳しさが襲ってきても、必ず耐えることが出来る。そうか、山登りか、我ながら好いたとえかなとほくそえむ。