■言語学とは-講談社現代新書の「ソシュールと言語学」(町田健著)を読む①

言語学の祖であるソシュールは、話し手と聞き手の間に、コトバが通じる仕組みに着目した。そして、コトバという「音声」から概念という「意味」に変換されるメカニズムが存在することを指摘し、それこそがコトバの本質だと考えた。そのメカニズムを解明する方法として、彼は、意味伝達と無関係な要素を排除していくことを計画する。そのためには、まずコトバ=単語の意味とは何かについて想像を膨らますことは重要である。当書籍では、ソシュールが、「意味」を事物の集合の性質だと考えたという立場をとっている。たとえば「ネコ」という単語の意味を知るということは、その性質を知っているということである。性質を知っていればこそ、ネコという単語が含まれた表現が正しいか否かも判断できる。「ネコはねずみをつかまえる」は正で、「ネコはコトバを話すことができる」は否というわけである。もちろん、コトバは話し手から聞き手に伝達される以上、その伝達が、誰にとっても同じ意味であるという前提が不可欠である。その同じ意味が伝達される過程に本質的にかかわってくる要素を「ラング」と名づけた。逆に、同じ意味の伝達に関係してこない要素を「パロール」、ラングとパロールをあわせた全体像を「ランガージュ」という。このランガージュを意味する全体像とは日本語・英語・フランス語といった具体的に実現された言語を指す。ソシュールはコトバの本質は具体的言語の中にしかないと考えたのである。


(次回)ラングとパロールに属する要素、性質の違い、コトバを「記号」とすることの意味、コトバの原則


(メモ)

ソシュールについては、日本では、丸山圭三郎という言語学者が第一人者。Amazonでの彼に対する評価を見ると、どれも大絶賛で、現代思想を知る上で欠かせないとまで言われている。他には、澤田允茂(さわだ のぶしげ)という人がいる。人間理性、生命科学の観点から言語を解き明かそうとした哲学者だ。「澤田允茂」って聞いたことあるなあと思ったら母校の教授だった。文学部の友人から名前だけ聞いた記憶がある。今年の4月に亡くなられたようだ。おそらく私の在学中に、教壇に立つことはなかったのだろう。ご冥福をお祈りしたい。いずれにしても、今後の私のビジョンを考えた時に、言語学は避けて通ることはできないことを実感している。そう気づかせてくれた空間に感謝したい。まだ緒についたばかりであるが、論文を書くつもりで研究をすすめていくつもりだ。本業もあるので、ゆっくりしかしこつこつと。