黒田長政 竹中重門陣・岡山烽火場【美濃】東軍 | 第六天魔王の天下統一記

第六天魔王の天下統一記

第六天魔王(織田信長)になったつもりで史跡を中心に巡る小旅行記です( ̄∇ ̄*)ゞ

関ヶ原町関ヶ原、
古田重勝陣(忠勝陣のオマケ)の北に岡山。


東の駐車場から登ります。
黒田長政の紺地に藤巴。
竹中重門の白地に九枚笹。

クマ出没注意です( ̄0 ̄;)
菩提山と繋がってるしな( ̄▽ ̄;)

それを言うなら笹尾山もなんですが、
そっちは注意喚起無かったけど(^^;

民家も近いし、この舗装路が繋がってたので周りに気を付けながら登ります(´д`|||)

数分で山頂。


「史蹟 関ヶ原古戦場 岡山烽火場」


別に石碑もあるみたいだけど見逃した(ーー;)

案内板(国史跡)

長政(兵力5400)と重門が布陣し、
ここから開戦の合図の狼煙が上げられます。
半兵衛が松寿丸(長政)を匿った縁ですよね(^^)(匿い地)

ここま見晴しが良くて史跡案内図。

ちょっと薄れてますけど(^^;

南方面。

南宮山は切れますね( ̄0 ̄;)
麓の桃配山も見えません(^^;

南西方面。

藤堂 京極陣の関中が見えます(^^)
向こうの山が松尾山

西方面。

図書館の向こうに家康最後陣地。
正面に天満山
笹尾山も右の方…見えません( ̄▽ ̄;)

長政は笹尾山を攻撃。
島左近を撃ったのも黒田隊とも言われます。

実戦以外に小早川秀秋・吉川広家との寝返り交渉もし、
筑前名島に加増(57万石←豊前中津18万石)

しかし、父・官兵衛はそんな加増より欲しかったのは家康の首(天下)だったんですよね( ̄▽ ̄;)

重門は最初西軍に付いたので所領安堵(竹中陣屋6000石)


手前に金刀比羅神社。


御祭神は大物主神

烽火場の方に名前は出てませんが、
生駒一正も岡山に布陣(兵力1800)

父・親正が西軍に派兵してたけど、
お陰で所領安堵(讃岐17万石)

一正が持参して戦勝祈願した御神像を戦後に村人が貰い受けて祭祀したと言われます。


駐車場は満車状態でしたが現場には数人…近所の人が使ってるとか?(・ε・` )
○4月10日訪問○