このところ、他人に誤解され傷つけられたことにずっと悩んでいました。


が、今朝の朝日新聞に、その回答を与えてくれるような記事が載っていました。

今をときめく勝間和代さんの

「人生を変えるコトバ」

というコラム。

一部引用させて頂きます。

  

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  かつてビジネスの先輩に、

 「こちらのことをよく理解しようともせずに、嫌ったり批判したりする相手にどう対応

 すればいいでしょうか」

 と質問をしたことがあります。すると、とても明確な答えが返ってきました。

 

 「そういう人たちに理解してもらおうとする努力は必要だが、それは一人一人に個  

 別に反論などの対応をすることではない。

 その時間をもっと自分が努力すると成果を得られる本業につぎ込むことで、結果

 的に相手の誤解を解き、認めてもらうようになることがより重要です」


 他人の悪意が一定割合、存在するのは避けようがありません。

 その悪意へ過剰に反応してしまうと、自分の大事な時間を失うことになります。


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このケースは、私の場合とは少し違うのですが、同じなのはその傷ついたことに必要以上にこだわってはいけないということ。


人は、一人一人が違う人格なので、必ず感情の齟齬が生まれ、誤解も生じる。

そのことに余り深く囚われすぎて傷つき足踏みしていると、そこには何の進歩も生まれない。


そういう時は、一度その問題から離れ、自分の出来ることを頑張り、成長を遂げられるよう努力する。

そうすることで、誤解された人に見直してもらうようにするべきだ、ということです。



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そのことを考えていたら、ふと昔見たドラマの主人公の台詞を思い出しました。


それは、内容はうっすらとしか覚えていないのですが、破天荒そのもので、しかし落ち目の男性スターのTVドラマ。

が、情けないことに、主演の俳優の名前も覚えていません(涙)


彼は、今は落ち目のスターなのに(落ち目でも『スター』というのでしょうか?)、むかし人気のあった頃とおなじように王様気取りで振る舞うためみんなの持て余し者。

結果、周囲の人間は非常に迷惑をこうむっている。


しかし、彼にはなにか妙に人をひきつけるところがありました。

後輩のスターが彼を卑怯な手を使って罠にはめ、陥れようとした時にも全く怒らずに淋しげにこう言うのでした。


「小さく、まとまんなよ!」


私は、特にその主演俳優のファンでもなく、そのドラマが好きな訳でもなかったのですが、何故かその言葉だけは、今も胸に焼き付いて離れないのです。

その主人公が、私利私欲とは無縁の、大らかなふところの深さを持った人物として描かれていたからでしょうか?

それが私に、自分に欠けているものを改めて思い出させてくれたから・・?


今も、何かの拍子にふっとその言葉が浮かんでくることがあるのです。


「小さく、まとまんなよ!」


私は小さく、まとまってしまっては、いないだろうか・・・・。


そう、少し他人に誤解されたくらいでこの世の終わりのように落ち込むのは、小さ~い人間の証拠でしょうね。

もっと広い視点をもって、物事を大局的な見地から見つめられるような、懐の深い人間にならなければ・・・・。


でないと、また自分から言われる気がします。


「小さく、まとまんなよ!」


と・・・・・。

いつも唇にうたを