今日は、昨日書けなかった台湾3日目の様子を書いておきましょう。
実は、この日は二人は別々に行動しました。
私は、最初の2日間で疲れてしまって、マッサージへ行ったあとホテルで休息することに。
家族一人が、観光地めぐりをしました。
当然、カメラ持参は家族の方なので、私の撮った写真は無し。
ここからは、家族の撮ってきた写真のみを載せておきます。
二ニ八和平公園です。 ↓
TAIPEI 101です。高さ509m。地上101階、地下5階からなり、名前はこれに由来しています。 ↓
TAIPEI101のキャラクター人形。(ダンパーベビー)
かつて日本ではやった「抱っこちゃん」人形を彷彿とさせます。
↓
101の展望台から見た台北市の眺望。 ↓
101の近くにあったクリスマスツリー。台北では、何故かあちこちでクリスマスツリーを見かけました。 ↓
101の近くにあった像。自由の女神・・・? ↓
台湾の公衆電話です。 ↓
これが、有名な国立故宮博物院。 ↓
台湾のポストです。 ↓
『台湾のヴェネツィア』とも呼ばれる淡水。水辺が美しい。↓
日が暮れたあとの淡水は、独特の趣きが・・・。↓
淡水の屋台。小粒の餃子のようなもので、とてもおいしかったとか・・。
↓
湖水に夜のとばりが降りはじめます。 ↓
士林の夜市。臭臭鍋(チョーチョーコウ)。見るだけであの臭豆腐の味がよみがえって来そう。 ↓
これは、4日目の早朝。空港へ向かうバスのなか。 ↓
台湾桃園国際空港で見かけたもの。 ↓
空港内には、市内の小学校の生徒たちが作った馬が展示してありました。
みんな入選を果たした作品ばかり。 ↓
どれも色使いがカラフルで、陽気です。 ↓
これも子どもたちが作ったものらしい。空港の中いっぱいに展示されていました。
↓
またチャイナエアラインに乗り込みます。 ↓
機内食。さっきバスの中でツアーから提供された朝食を食べたばかり。
でも、やはり全部食べました。 ↓
おみやげに買ったもの。「元気種子」は、健康ドリンクみたいなもの。
↓
駄菓子やラーメン、インスタントコーヒーなど。からすみも買ってきました。
↓
3泊4日の台湾の旅。
あっという間に過ぎた気も、とても長かった気もします。
今ふりかえって思うのは、台湾の人たちはみんな、やはりとても親日家が多かった。
私たちが道に迷って困っていると、どこからか誰かがやってきて助けてくれました。
が、その助け方がおおざっぱな人が多い。
一度ならずも二度までも、全く違う方向を自信たっぷりに教えられ、大いに迷惑した覚えがあります。![]()
が、その人に悪気は全くなく、
「俺は困っている日本人に力を貸した!
どうだ、えらいだろ?!」![]()
と得意満面で微笑んでいたその笑顔が、懐かしく思い出されます。
かつて、日本がまだ経済の発展途上にあった時の活気と明るさが、この国には今、生き生きと存在していました。
今の日本がすでに失くしてしまったそれらを、これほど切なく懐かしんだのは生まれて初めてでした。
目を閉じると浮かんでくるのは、街じゅうに漂っていたパクチーの香りと、強烈な臭豆腐の匂い。
あちらにもこちらにも止めてあったスクーター。
迷っている私に、自分の屋台を放り出して大通りまで案内してくれたおばさんの声。
「ここ、ストレート、ストレート。アンド、ライト。OK?」
私が「ありがとう!」と答えると、本当にうれしそうにいつまでも手を振って見送ってくれた。
その道案内は、本当に正確でした♪
そして、行天宮で70代のおばあさんが、日本語で私たちに言ってくれた言葉。
「遠くから、よく来たねぇ!
このお守りをあげる。
あなたの幸せを祈っているよ・・・」
そして、無料でお守りを私の手に握らせ、お払いをしてくれた。
それは、私たちの使う日本語より美しい日本語でした。
かつては日本の植民地であった台湾という国。
その歴史の複雑さにもかかわらず、この国の人たちは、日本人の私たちにとても暖かかった。
その好意をただ受け止めるだけでなく、きちんとお返ししなくては、とつくづく思います。
この国は、これからますます発展していくでしょう。
この国の明るく前向きな人たちに、今以上に幸せになってほしいと思います。
もちろん、私たちの国、日本も・・・・。
いつか、もう一度台湾を訪れてみたい。
その時は是非、少しでも台湾の人たちと中国語で話せたらいいな、と思っています。























