あと2日で台湾へ出発だというのに、今日は合唱の練習日。
前に書いた、3月14日に滋賀県で行なわれる「琵琶湖」に感謝を捧げるコンサート。
その第一回目の合同練習が、滋賀県南草津の「しが県民芸術創造館ホール」で
行なわれたのです。
当日は、全員で160名あまりの合唱団が編成されるらしいのですが、今日集まったのはそのうち60名くらい。
各県単位で開かれる練習は、合計あと3回。
それで、もう本番になります。
私は、声楽の先生の合唱団に加わって出演させてもらうので、今日はその合唱団の人たちと一緒に歌わせてもらいました。
その中には知り合いも2~3人いますが、ほとんどは未知の人ばかり。
が、合唱という同じ目的で集まった仲間なので、すぐ打ち解けることができました。
このコンサートの企画者であり、すべての指揮をされる富岡健先生には、以前1回だけ指揮をしてもらって歌ったことがあります。
自分の合唱団を、合唱祭の全国大会に何度も連れて行っている方だけあって、その指揮は何ともいえない豪快さと、迫力に満ちています。
目の前に先生が座られただけで、その迫力に緊張が走りました。
「『海』という言葉が出てくるけれど、これはすべて湖(琵琶湖)だと思って歌って下さい」
「『どこに』の、『ど』という言葉。
その発声は、たとえば、むかし断首というものがあった。
その時、首をはねられた後に噴き出すたくさんの血。
ここは、その噴き出す感じで歌ってみて。」
「この『雨』は、傘が必要か必要でないか、迷う感じの雨のイメージでね。」
そんな独特の、富岡先生特有の表現での指導が続きます。
1回の休みをはさんでの、約3時間。
一秒の無駄な時間もない、本当に密度の濃い練習内容。
こんな貴重な経験をしたのは、私は初めてでした。
「鳥肌が立つ」とは、こういうことを言うのだろうと思えました。
自分の歌のイメージを伝えたいと、必死に私たち合唱団と向き合って下さった富岡先生。
その真摯な指揮の姿勢に、心から頭が下がりました。
「水のいのち」の3曲目の「川」。
そのおしまいの部分は、スメタナの「モルダウ」の曲のイメージと重なる、と言われていた先生の言葉を思い出し、早速帰って聴いてみました。
「ああ、富岡先生の『川』のイメージは、これなんだ・・・」
と、少し先生に近づけたようでうれしくなります。
「モルダウ」も、豪快でおおらかにすべてを包み込むような、雄大な曲でした・・・。
あと3回の合同練習。
「これからもっともっと怖くなるよ、富岡先生」
と、脅かす人がいましたが、それでもかまわない気分です。
あそこまで真正面から、私たち合唱団と向き合って下さる先生なら、怒られても我慢できるでしょう。
そんな必死さに私はひどく飢えていたんだな、と今初めて気づきました。
時間をこなすだけの合唱団と指揮者の関係には、もううんざりです!
自分の持てるものを惜しげもなく差し出して指揮をし、そして歌う方も持てるすべての力を尽くして歌う・・・。
それこそが、本当の合唱というものではないのでしょうか。
富岡先生に指揮をしてもらって、初めてそのことに気づきました。
旅行前のあわただしい日でしたが、今日合唱練習に参加して本当に良かった。
昨日のいやな一日を塗り替えられる、最高の一日にすることが出来ました♪
では、今日も私の好きな詩を一つ、書いておきましょう。
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《燈台》
やさしい灯がひとつあれば
海をつつむ
闇がどんなに大きくとも
船は迷わず
安らかに 沖を行くでしょう
やさしい灯がひとつあれば
ひるまは波立ち さわいでいた海も
お母さんに子守歌を
うたってもらう子どものように
もう むずかりはしないでしょう
魚も 貝も
しずかに夢をみるでしょう
かもめも 千鳥も
岩かげで羽をたたむでしょう
やさしい灯が海にひとつあれば
~新川和江~
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