今日は時代祭りだというのに、カメラ片手に向かう人を尻目に行って来ました、
『文庫で学ぶ京都』という講座に。
京都リビング新聞社の主催で、「らくたび文庫」という京都のガイドブックを発行している会社の取締役さんが講師です。
らくたび文庫はこちら。
http://www.koto-koto.co.jp/index.html
取締役さんといっても、まだ若々しい男性で、ちょっとイケメン。
話しなれている感じで、とても聴きやすかったです。
この講座は、3ヶ月連続で今日がその1回目。
今日のは『京都魔界巡り』というおどろおどろしいもの。
京都千年の歴史は、怨霊との戦いの歴史でもあったそう。
都が奈良から長岡京に移る時、権力闘争で亡くなった親王の怨霊に祟られ、さまざまな災いが起こった。
それにおののいた桓武天皇が、風水の上で最も良い地形だった京都を探し当てて都と定めたとか。
講師の先生のお話が興味深かったです。
「『祟る(たたる)』と『崇める(あがめる)』はとてもよく似た字を書くでしょう?
これには『(怨霊に)祟られたから(怨霊を)崇める』という意味があるのです。
つまり、権力闘争に負けて亡くなった人が怨霊になって祟る。それを神社などに祀って崇め、平穏を祈ったということ。千年ものあいだ都だった京都には、そんな歴史も数多く残っているのです。」
勝者もあれば敗者もあるのが政治の常。
昔からこれは変わらなかったようですね。
ただ、科学の発達していなかった平安時代、天変地異や不可思議な疫病の蔓延は
すべて怨霊のしわざと解釈されたようです。
それだから疫病の多い夏に祇園祭や天神祭りが行なわれたということ。
何も思わずに住んでいましたが、京都という街、風水上ものすごい良い地形にあるらしい。
玄武、青龍、朱雀、白虎の4つの神が守る最良の土地にあるそうです。
その条件にすべて合致するとか。
その上、災いが流れ込むという鬼門の方角には、前に赤山禅院の時にも書きましたが木彫りのお猿を配置したのです。猿は(災いが)去る、に通じますからね。
猿ヶ辻(京都御所の北東の角)ー幸神社(さいのかみやしろ)ー赤山禅院ー比叡山ー日吉大社。
これを猿ラインといいます。
一匹の猿だけで都を守るのは心もとないので、北東に向かって幾重にも平安京の鬼門を守っているのです。
前にも載せましたが、赤山禅院のお猿さんです。御所の方を向いています。
