10月10日、スタッフ、キャスト合わせて十一人で釜山国際映画祭に向かう。そんなに大勢のチームで、日本から向かったのは、ぼくたちのチームだけだと思う。お隣の国、韓国ということもあって、作品がノミネートされた時から、できるかぎり『ドキュメンタリー映画
100万回生きたねこ』で苦楽を共にした仲間と一緒に行きたいと願っていた。なので、熱気に包まれた満席の会場で、これから育っていく映画を仲間と見守れたことが本当に嬉しい。無理を聞いてくれた製作部の方々に感謝。




空き時間には、プロデューサーの加瀬さんが「娘のおみやげに…」と、海を背にスーツ姿で浜辺の貝殻を丁寧に拾っていたり、深夜アイスクリームのケーキで、照明の伊藤さんのお誕生日会を開いたり、これまで出演者を映像でしか見ることがなかった編集の辻井さんが、出演者と談笑したり、助監督の堤くんが、日本では公開されないアジアの映画に感銘を受けていたり、そのような豊かな場面ひとつひとつに出会うことで、映像には映らない場面が、映っている場面を支えていることをあらためて実感した。



閉会式。ジャ・ジャクー監督や、キム・ギドク監督など、アジアのそうそうたるメンバーが顔を揃える中、歓声が飛び交うレッドカーペットをぎこちなく歩き、やっとの思いで席に着いた瞬間、ぼくの隣に座る渡辺真起子さんに声をかけるひとがいた。ぼくの後ろの席に座っているそのひとはどうやら渡辺さんのファンで、彼女が出演した映画について、熱く語りはじめた。



渡辺さんと一緒にいると、良くある状況なので、ぼくは振り向ことなく可憐な韓流スターの笑顔に酔いしれていたが、しだいにその優しいけれど、芯のある声がどこかで聞いたことがあるような気がしてきた。何とか記憶の糸をたぐり寄せるが、もう少しのところで思い出せない。何気ない素振りで、後ろを振り向くと、やはりそこには見覚えのある女性がいた。彼女はぼくと同じ、ディレクターのパスを首からぶら下げていたが、ぼくは彼女に「あなたは、映画に出演したことがありますか?」と聞いた。彼女は「一度だけ、あります」と応えた。「ぼくは、あなたの出演している映画が好きで、何度も観ています」というと、彼女は惜しみなくニコリと笑ってくれた。




映画のタイトルは、
The Flight of the Red Balloon(邦題:ホウ・シャオシェンのレッド・バルーン)』。パリのオルセー美術館開館20周年記念に、台湾のホウ・シャオシェン監督が製作した。おもな登場人物は3人で、パリに住む少年と、離婚してその少年をひとりで育てる母親がいる。人形劇作家の母親の仕事が忙しくなったため、台湾人留学生のシッターを雇うところから物語がはじまる。そのシッター役が、ソン・ファンである。ぼくの後ろに座っていたひとだったのだ(映画の中でも、本名のソンと呼ばれていた)。シッターとして働くソンは、パリで映画を学んでいて、どこに行くにも家庭用のビデオカメラを離さず、赤い風船についての映画を作ろうとしている。はじめは、疎外感を抱いているものの、しだいにパリの風景にとけ込んでいくソンの姿に、同じく映像作家を目指していたぼくは、ぴったりと自らを投影することができた。


だから、ソン・ファンとぼくが同じ映画祭でディレクターとして同席していることが、とても不思議で、また幸福な気分になった。そして、グランプリを取り逃したぼくは、「渡辺さんとソン・ファンが組んだら、きっと素敵な映画をできるだろうなぁ」と閉会式が終わるまで、身勝手な想像を膨らませていた。