2025/04/12 信濃毎日新聞朝刊

 阿智村の満蒙(まんもう)開拓平和記念館は、満州(現中国東北部)への開拓団入植の歴史を3期に分けてたどる連続企画展「開拓団入植地の変遷」の第3期を開いている。1942(昭和17)年から終戦の45年までを「移民崩壊期」と位置付け、敗戦間際まで国策が推し進められ、開拓団が送られた経過を説明している。

 連続企画展は昨年7月にスタート。第1期は1932~36年を「試験(武装)移民期」、第2期は37~41年を「国策移民期」として解説した。

 今回は、戦争拡大に伴う軍隊への動員や、戦時景気による経済回復で満州へ行く人が集まらなくなった戦争末期に焦点を当てた。開拓団送出は戦争への協力の意味合いが強くなり、分村移民に補助金を出したり、都市部の商工業者や疎開希望者を募ったりと、絞り出すように開拓団を送り続けた。45年7月に政府は送出の一時停止を打ち出したものの、同8月にも東京から最後の開拓団が送り出された。

 一方、日本人開拓団の入植で土地を奪われた現地の人が少なくとも約4万世帯いたことを資料から説明。政府や軍部の思惑を反映して入植地が選ばれ、半強制的に取得した土地に移り住んだことで現地の人を怒らせ、敗戦後に多くの開拓団員が被害に遭ったことを示した。

 三沢亜紀事務局長(58)は「軍事目的で現地の反発を買いながら進められた国策の責任を誰も取らない中、多くの人たちが犠牲になった背景を伝えたい」と話す。展示は20日まで。15日休館。