2024/08/07 信濃毎日新聞朝刊 

[ドキュメンタリー映画監督 山本 常夫(やまもと・つねお)さん]
 1938(昭和13)年に全国初の分村移民として満蒙(まんもう)開拓団を満州(現中国東北部)に送った大日向村(現南佐久郡佐久穂町大日向)の記録映画「大日向村の46年」が現在、長野相生座・ロキシー(長野市)で上映されています。私が監督し、84年に撮影しました。佐久穂町や戦後に再入植した北佐久郡軽井沢町で暮らす元開拓団員が証言してくれています。

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 映画は、女性たちの証言がほとんどを占めています。政治や社会を意識した男性たちの発言と違い、女性の話題は、こういう物を食べた、子どもを亡くした、など暮らしに関わることばかりです。ある女性は、位牌(いはい)を背景に食事をしながら語ってくれました。戦争も満州移民も暮らしに端を発していたのだと再確認できます。

 暮らしの延長上に戦争があることは現代でも変わらないはずです。それが、いまいち意識できなくなっているのはなぜでしょう。戦争や満州移民を「国の責任」「つらい体験」とくくってしまい、その先の背景を知ることが、すり抜けているからだと私は考えます。身近に引き寄せられていないのです。

 女性たちの証言には、自分たちの暮らしのために、大勢の命や他者の暮らしを犠牲にしてしまったという罪悪感もにじんでいます。映像にある言葉だけでなく、表情や沈黙からも読み取れます。

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 今の日本の暮らしも、物価高などで経済的に先細りつつあります。生活が脅かされ、生きるために戦争に加担してしまう。その構造に巻き込まれないためにも、われわれは彼女たちが残した証言や資料に関わり、生きるとは何か、戦争とは何かを改めて考える必要があります。

 ほとんどの人は、満州に行きたくなかったはずです。それでも、全国から約27万人が行きました。行った人と行かなかった人とで、何が違ったのでしょうか。そこには立場の強弱があったのだと思います。当時の国や国民が、社会的、経済的な弱者を「行かなくてはいけない人」と追い詰めたのです。立場が弱い人たちを自己責任だと冷たくあしらってしまいがちな現代社会についても、われわれは省みないといけませんよね。

 ドキュメンタリー映画の監督として、なるべく特別ではなく普通の人を撮りたい、大きな問題ではなく日常を記録したい、と常に意識してきました。今後も、清濁あるありのままの姿を記録することで人間の豊かさを示していきたいです。

 今は東京・世田谷区の「大平(おおひら)農園」という、私が普段食べている野菜を生産する農家を妻と撮影しています。かつては農薬を使っていましたが、現在は無農薬栽培です。江戸時代から続いてきた農家ですが、後継者はいません。生きることは食べること。人間の基本について考えています。

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 東京都生まれ。早稲田大卒業後、テレビドラマやCM制作に関わる。1992年、ドキュメンタリー番組や教育映画の制作を請け負う有限会社バクを設立。「大日向村の46年」は86年のキネマ旬報文化映画ベストテンで2位に選ばれた。長野相生座・ロキシーでの上映は15日まで。76歳。長野市のセントラルスクゥエアで。